北関東の大物の山に、意外とまだ登っていない。奥日光の男体山・女峰山、皇海山などである。草津白根山や武尊山はつい最近登った。
山岳紀行作家・石井光造氏の言葉に「名山なんか後でいい」というのがある。日本百名山のような登山道や導標の整備された山は、歳をとって体力や判断力が少しくらい落ちても登れないことはないから、今のうちにやや困難な山を目指しておけ、というものだ。
自分は結局それに従っていた面はある。でもこのところ、やはりそういう有名どころもそろそろ手をつけ始めてもいいのでは、と思うようになった。
今回登るのはそうしたひとつの名峰、浅間山である。上信の山の代表的存在だが、周辺の篭ノ登山・湯ノ丸山・四阿山・鼻曲山に登ってから、ようやくの登頂となった。
前掛山山頂付近の外輪を辿る |
簡単に登れる山かと思っていたら、登山コースを調べていくうちにかなりの長丁場となるとわかった。浅間山は火山であり、数年前までは火山活動が活発で、登山は火口から2キロ以上離れた黒斑(くろふ)山までしか登山できなかった。そこまでならハイキングコース程度で済むのだが、現在は噴火警戒レベルが1に下がったため、山頂すぐ近くの前掛山まで登ることができるようになっている。
浅間山は山頂の回りにいくつもの外輪山を形成していて、山頂に近づくにはそれらの外輪山を越えていく必要がある。今回歩いた車坂峠からのコースも、黒斑山の稜線までいったん登ってから大きく下り、改めて登り直すというコース取りとなる。
時間がかかりそうなので、3連休を利用して前夜発で上信越道のドライブインに車中泊するプランとした。
朝7時前に車坂峠を出発する。まずは表コースをトーミの頭まで。シャクナゲやトリアシショウマが咲く針葉樹の森は、同じ火山である富士山の登山道と似ている。緩く高度を上げていくと右手に八ヶ岳、背後に篭ノ登山の姿がせりあがってきた。その後ろの形いい峰は四阿山か。
まだ朝早いせいか、空気は澄みくっきりした眺めだ。連日のうだるような猛暑はここ北関東の山地でも例外ではない。しかし今日は登りはじめの標高が2000m近いため、いくぶんしのぎやすく、汗もそれほどかかずに歩けている。
赤土の混ざった登山道を行く。斜面にコマクサが咲いていたが、ロープで仕切られた外側にあったのでよく見れない。
樹林帯を出たり入ったりを繰り返すうち、簡素な小屋の前に出る。小屋というより、火山活動時に使う一時退避場所のようだ。このすぐ先で眺めが一気に開ける。黒斑山一帯の外輪山に上がったところだ。浅間山が今日初めて、目の前に現れる。当たり前だが遠くの山から眺めるのより数段でかい。
またさらに、その周囲の岩稜の山もインパクトのある姿で立ちはだかっている。主役はいったいどちらか、迷うような眺めである。
左手の稜線を登り、トーミの頭を目指す。進行方向の右側は切れ落ちていて高度感があり、少しスリルを感じる。トーミの頭の岩棚からは、浅間山やそれを取り巻く外輪山の姿が一望できた。
ここから浅間山へは、2つのコースがある。まずは今登りついた外輪山の反対側に下りて、湯ノ平という鞍部から登り返していくコース。高度差300mあまりを下るので、車坂峠から登ってきた分の貯金をすっかり吐き出すことになる。
もうひとつは黒斑山から蛇骨岳~仙人岳~鋸岳と続く外輪山の稜線を辿っていくルートである。ただしこちらも稜線伝いに浅間山に登れるのではなく、前者と同様にいったん標高2000mくらいまで下ってから登り返さねばならない。
前後を行き来している登山者は、稜線伝いに行く人が多かった。自分は、コースタイムが短そうな前者のほうを選ぶ。
トーミの頭から下ってすぐ、鞍部に下っていく分岐があった。「草すべり経由湯の平」との標識がある。名前の通り草付の、かなりの急斜面をジグザグを切って下っていく。路面が濡れていたならスリップが恐い、けっこう緊張する下りである。
トーミの頭から黒斑山にかけての岩峰が覆いかぶさるように屹立していてダイナミックな景観だ。こんな北アルプスや八ヶ岳のような岩峰が浅間山で見られるとは思わなかった。しかもこの草付の斜面は花が多く、ミヤマカラマツソウ、ミヤマオダマキ、タカネグンナイフウロなどがよく咲いている。久しぶりにテガタチドリも目にすることが出来た。
下るにつれ、目の前の浅間山はどんどん高くなっていき、ついには樹林帯に隠されてしまった。せっかく登った分を下ってしまい、これからが正真正銘の仕切り直しの登り返しが待っている。それでも湯ノ平は日がさんさんと照り、アヤメもたくさん咲いていた。
浅間山荘から火山館を経由しての登山道が上がってきていた。実は、浅間山だけを目指すのなら、意外にもこの標高1400m台の浅間山荘からのコースのほうが短いのである。
平坦な道を少し歩くと左からもう一本の道が合わさる。黒斑山~鋸岳の稜線から下ってきた道である。指導標には「前掛山登山口」とある。また、鋸岳方面の稜線のことをJバンドと呼ぶようだ。
道はこのあたりから登り返しに入る。数分歩くと再び視界が開け、浅間山の赤茶けた大きな山体が正面高く見上げるようになる。登山道は斜面左側(北東)に一直線に伸びている。火山帯のエリアに入ったため樹林はついえ、オンタデやミヤマコウゾリナなど最後の花も見られなくなる。急登が続ききつい。
砂礫の道をどんどん上がっていく。登山者も列をなし、まるで富士山のときのよう。もっとも人の数は桁が違うが。背後には黒斑山の外輪山、四阿山、篭ノ登山、湯ノ丸山やその隣の尖んがった烏帽子山もよく見える。パノラマ展望が素晴らしい。
標識のあるところに行き着く。目の前の緩斜面の先には浅間山本峰のお鉢があるはずだが、ロープで侵入禁止となっている。登山道はここで右に鋭く曲がり、ここからも見える火口縁の前掛山まで続く。石ガラガラで足を取られやすい道を行くと、大きな土管のようなシェルター風休憩所。前掛山へは一本道だ。火口縁を登っていく登山者が蟻のよう。その列につく。
前掛山頂上に到着。ロープで先に行けないようになっている。ここからも本峰のお鉢がギリギリ見えたが、浅間山の最高点はその火口の外側のようだ。
1日で標高2500mまで登ってしまうのは体にはあまりよくないのか、さっきからちょっと動きが緩慢だ。山頂の高度というよりも、登山口の標高が2000mあると、高度順応する余裕のない1日行程では注意が必要だろう。
いつのまにか雨雲がやってきて、ほどなくポツポツときた。思いがけず冷えてきたので、一枚重ね着して下る。休憩所まで下りたら雨は止んだ。