岐阜県白鳥町の宿を5時に出る。前日までに登山口付近まで入っていればもう少しゆっくりできるのだが、岐阜の山に登ったその日のうちに移動するのは厳しかった。登山口から1時間以上離れた場所から、今日も夜明けの出発である。
国道158号を走らせると、九頭竜湖沿いは深い霧に包まれていた。勝原駐車場への分岐を見送り、広々とした田園風景を見ながら蕨生(わらびょう)地区に入る。登山口の中出(なかんで)駐車場には意外と早く、6時過ぎに到着する。眩しいほどの青空になっていた。
荒島岳山頂付近から白山や新緑の山を眺める
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今日登る荒島岳、自分にとって福井県の山は初めてだ。また、日本百名山の祖、深田久弥の地元の山である(出身は石川県で福井県の中学に通学)。もっとも氏は、昨日登った能郷白山と、どちらを百名山に選ぶかを迷ったとのことだ。
荒島岳は標高も1500m台と決して高くないのだが、例年なら今の時期はまだ残雪の山である。ただ今年の雪の少なさは北陸地方も例外ではない。昨日の能郷白山の様子からして、今日も雪とは無縁の登山となりそうである。
一般には勝原(かどはら)や佐開(さびらき)から登る人が多いようだが、中出と勝原の両登山口は、便数は少ないながらもバスや電車で行き来ができる。そこで今回は登山口と違う場所に下るように計画する。
バスを使うか電車に乗るか、時刻表と自分の到着予想時刻とを見比べながらいろいろ検討したあげく、中出の下の駐車場に車を停めたあと少し歩き、大野市営バスを使って勝原から登ることにした。
四方を田畑に囲まれた中出駐車場は広くきれいで、荒島岳山開きののぼりがたくさん風にはためいている。今日の駐車場利用者は自分ひとりのようだ。なおこの駐車場は小学校の廃校跡地に作られたようである。
バス停まで、田畑の間につけられた小道を歩いてみる。芝桜が植えられ鮮やかだ。畑地の中央に、杉林に囲まれた一角があるので中に入ってみた。小高い丘は神社で、いくつもの社が様々な方向を向いて立ち並んでいた。地元の人々にとっては1年の豊作を託す守り神なのだろう。
中休バス停にやって来た大野市営バスは小型のバンだった。勝原駐車場まで運んでくれるものかと思ったら勘違いで、下の方の勝原駅がバスの停留所だった。歩く距離と標高差が予定より少し伸びてしまった。
ともかく越美北線の勝原駅が今日の出発点である。20分ほどして着いた勝原スキー場の駐車場にはすでに、20台ほどの車が停まっていた。
ゲレンデを一直線に登っていく。北斜面なのにすでに日光が差し込んできて暑い。高度は一気に上がっていくが、日照りから早めに逃れたいため少々早足となる。斜面には地元の人たちによるものだろうか、桜の植樹が施されている。スキーリフトの頂点からは樹林帯に入ってホッとする。
前2日間の山に比べて今日は前後に登山者も多い。しばらくはミズナラを中心とした緑の広葉樹林が続く。高度を上げるに従いブナが増えてきて、ほどなく見ごたえのあるブナの純林になった。
日が遮られたのはありがたいが、急な登りが続くので体調的には早くもくたびれモードだ。昨日標高差1300m近い登り下りをしているので無理もない。しかも、よく考えると今日もまた標高差1300mである。ちょっとこれはもう少し楽な山にしてもよかったか、と軽い後悔が頭をよぎる。ブナの新緑に元気づけられながら何とか登っていく。
やがて平坦な場所に出たところが白山ベンチで、名前通り残雪の白山が大きく望まれた。急登のブナの森はさらに続き、高度を上げると緑の色も次第に軽くなっていくのがよくわかる。
足元にはスミレサイシンやフイリフモトスミレのほか、白い花びらにピンクの筋が何本も入った清楚な花をよく見る。ミヤマカタバミだった。南関東の山で見るコミヤマカタバミよりもずっと大きく立派で、一瞬雪割草かと思ったくらいきれいな花である。ミヤマカタバミはこれ以降の尾根道にずっと咲き続けていた。ミヤマシキミも多い。またヤマザクラも咲き残っていた。
大きな看板に出会う。それによると、登山道は地元山岳会や大野市の手により丁寧に整備されていると言う。また、荒島岳のブナの実から苗木を育て、他の山に植樹する活動をしているとのことだ。
緩やかなアップダウンの後、緑色がどんどん軽くなっていくのを感じながら、ようやくシャクナゲ平に登り着いた。樹林が切れて強い日差しを受ける。ここからは再び白山の姿が大きく印象的である。
ここまでずいぶん高度を稼いだ気がするが、実はまだ標高1100m程度。目指す荒島岳の頂稜部はまるで別の山のように、さらに見上げる位置にそびえている。
こんなに大変な山とは知らなかった。少し甘く見過ぎていたかもしれない。
深田久弥は百名山にこの地元の山を加えるにあたって、標高では他の山にかなわないから、せめて登るのに苦労する山をあえて選んだのかもしれない。荒島岳ではなくて能郷白山を選んでいたとしても同じことが言える。そう思わずにはいられないほど、この山は足を使わせてくれる。
芽吹き前のブナ林を緩く下っていく。佐開からの道を合わせた少し先の鞍部から登り返しとなる。キスミレ、キクザキイチゲが見られ、このあたりは早春の趣だ。「もちが壁」という岩場の急登にさしかかる。ロープや梯子が設置されているが、ガラガラした斜面は落石しやすい。雪がないのでそれほど難儀な登りではなかったが、残雪期にはやっかいかもしれない。過去に事故も起きているようだ。
何段目かの登りを終えると前方が開け、目指す荒島岳山頂が見えてきた。登山道上は前荒島岳、中荒島岳と越えていく。振り返れば白山ほか越前の山がぐるりとパノラマである。ヒメイチゲ、ショウジョウバカマ、カタクリ、エンレイソウ、イワウチワと咲く花もバラエティに富んできた。体力は限界に近いが、最後のひと登りでついに荒島岳山頂に到着する。
展望は360度。目を惹くのはやはり白山だが、その後ろに乗鞍岳、御嶽山も見える。2日前に正反対側の南木曽岳からこの2座を(それも左右逆で)見ていたので、感慨もひとしおである。
そして能郷白山も堂々とした姿を見せていた。荒島岳とはもっと距離的に近い印象があったが、間にはいくつもの山稜や尾根が伸びており、かなり遠い眺めだった。
山頂は広く、疲れてはいたが場所を移動しながら周囲の山々の展望を楽しんだ。
居合わせた登山者は京都や滋賀から来たと言う。ここはもはや東日本でも中部山岳でもなく、近畿・関西エリアの山ということを実感した。ずいぶん遠くまで来た。
展望を楽しみながら下山する。もちが壁を慎重に下り、シャクナゲ平で一息。白山の眺めはおそらくここでお別れである。
車のある中出を目指す。シャクナゲ平からしばらくは今日初めてと言っていいほど緩やかな樹林帯内の下りでホッとする。ブナに混ざってヤマザクラやオオカメノキ、タムシバなどの白花も見られた。
分岐からひと登りで小荒島岳。木がないのでふたたび灼熱の地である。振り返ると荒島岳がデンと大きく構えている。四方に立派な尾根を従えた、ほれぼれするような形のよい山容だ。最初は中出から登ったと言う深田久弥も、この立派な姿を目の当たりにしたのだろう。また、もう見られないと思っていた白山もここ小荒島から望むことができた。
以降はひたすら樹林帯を下っていく。「ひえ畑」「雨降り展望台」など、ユニークな標識を見る。勝原コースのような急なところはないものの、下り詰めの道が長く続くのでけっこう足に来る。日当たりのよいところにはスミレサイシン、オオタチツボスミレが群落を作っていた。意外と早く杉林が見えてきて、ブナの純林はそう広い範囲ではなかった。ブナを見るなら勝原コースのほうがいい。なおも下っていくとニリンソウの大群落、またヤマエンゴサク、(ホクリク?)ネコノメソウもあってこの尾根は花の道になっている。
杉林に入り、さらに下っていくと荒れた林道に2回交差、そのすぐ先に中出コースの登山口があった。未舗装の林道を15分ほど下ってようやく車道に合流する。水がほとんどなくなっていたがすぐ先の慈水観音で補給できた。「有難や 昔も今も夏も冬も いつも変わらぬ観音の水 合掌」とある。
車道を歩いていくと、中出の上のほうの駐車場が見えてきた。案内板、給水施設もあって整備されているが車は2台しか停まっておらずガランとしていた。やはり距離の短い勝原コースがずっと人気はあるようである。
自分の停めているのはこの下の方の駐車場なので、もうひとふん張りだ。杉林に沿った道を下り続けていくとようやく見覚えのある田園風景が目の前に広がる。朝見た集落の眺めはそのまま、太陽の位置だけが高いところに移動していた。汲んでいた水で喉を潤し、汗を拭きながら里道を歩く。中出駐車場には依然として自分の車しかなかった。
2日続けて標高差1300m近い行程だったが、何とか歩き切ることができた。充実感のあるGW遠征の旅を、このような好天で締めくくれてよかった。九頭竜温泉「平成の湯」に立ち寄り、東京までの長い運転に備える。
白鳥西インターから中部縦貫→東海北陸→東海環状自動車道と接続し、今度は間違えないように土岐ジャンクションで中央自動車道に入る。渋滞もなく快適である。日も暮れ、途中のドライブインで仮眠しながら東京へ戻った。