茨城県の山は筑波山しか登ったことがなかったが、北方の奥久慈という地域にいい山がある。
歩くなら縦走コースしかないと思っていた男体山、信仰の山で知られた八溝山、そして時間があれば竪破山(たつわれやま)にも足を伸ばしたい。
縦走路から見下ろす新緑の山稜と大子の町並み |
縦走は時間を要するため、前日夜のうちに家を出発する。袋田駅前の駐車場に車を停めて、二つ手前の西金(さいがね)駅まで水郡線で移動する。朝早いのに電車の便はそこそこあり、学生など乗客も数人いた。
クラシカルな木造風の西金駅を出発。国道を渡り山に向かって歩き出す。この辺りの標高は70m程度と低く、山はすでに緑の衣をまとっている。
車道を歩き、民家の立ち並ぶ湯沢に来た。二軒あった温泉宿はすでに廃業していてどことなくうら寂しい。しかし次の集落に近づくと、ゴツゴツした岩山をバックに八重桜やヤマザクラが映え、ほっとするような山里の風景が展開した。芽吹きの山肌がとてもきれいなのだが、曇り空で薄暗いのが残念。
川を挟んだ山の斜面には、「1650年前の象の足跡化石」なるものがあった。古分屋敷の弘法堂に寄っていこうと思い分岐する坂を登っていくが、なかなか目標物が見えず、途中で引き返す。
大円地で湯沢峡コースを分け左折する。湯沢峡コースは先ほどから右手に壁のように見えていた稜線を経て、男体山との周遊コースが取れるらしい。分岐から下っていくと、正面に男体山の岩稜がのしかかるようだ。民家脇の細道を登っていくと男体山の登山口に着く。分岐する健脚コースを分けて一般コースを行く。
入口の看板には「東京営林局・大子営林署」と書かれている。この一帯は東京営林局の管轄域らしい。なお「大子」はだいごと読み、ここの町名である。
小さな沢を渡って杉林の登りとなる。しばらくは薄暗い中を行くが、やがて新緑まぶしい広葉樹が目立ち始めてくる。標高が低いのでこのあたりは新緑たけなわである。そして足元にはニリンソウの群落があちこちで見られた。場所によっては白いじゅうたんのようになっていて見事である。八重咲きのものもある。時期的にちょうどよかったのだろうが、これほどのニリンソウ群落を見るのは初めてである。
ほかにもヤマブキ、ツルカコノソウ、ハコベ(サワハコベ)、タチツボスミレ、ムラサキケマンが多い。
登りついたところが、ベンチと案内板のある大円地越だ。豊かな広葉樹に囲まれており、気持ちのいいところだ。反対側にも持方からの登山道が上がってきている。四方から登山コースが伸びているのは、地元に人気のある山の証拠だろう。
男体山目指しての登りに入る。芽吹きから淡い新緑になりつつある山肌を伝い、ほどなく尾根上に出る。いくつかのピークの先に山頂が見える。ヤセ尾根状の気分いい登山道は、南側が鋭く切れ落ち、随所で眺めが広がっていた。今まで歩いてきた萌黄色の山麓がはるか眼下に横たわり、いつの間にか高度を上げていたことに気づく。平日の朝早くにもかかわらず、前後に登山者も見かける。
岩稜ではあるが危険のない緩いヤセ尾根が続き、最後のひと登りで男体山山頂に着いた。アンテナ施設と祠の立つ山頂は開放感がある。祠を回り込み、南西面の縁に立つと足元が切れ落ち、眼下の眺めがすごい。雲厚く日が差してこないのが惜しく、ここはぜひ青空の下での眺めを見てみたいところだ。
山頂に一人、登山者がいて同じ東京から来たそうだ。明日自分が登る予定の八溝山に昨日登ったとのこと。やはり天気がよくなかったという。縦走はせず西金駅に下っていった。
思いのほか風が冷たいので、早めに縦走に移る。急坂を下っていくとあずまやがあり、登山口で分かれた健脚コースが上がってきていた。岩っぽい下り傾向の道が続く。ヒナスミレと、1輪だけのイワウチワが見られた。
ある程度高度を落とす頃は太陽もときどき顔を出すようになり、付近を明るく照らす。振り返ると男体山の山頂部が大きな塊となってそびえていた。ヤセ尾根の穏やかな登山道となり快適である。標高500m付近はちょうど新緑萌えるラインのようで、明るい黄緑の尾根歩きが続いた。しかし先は長いので、オーバーペースにならないようにじっくり行く。
男体山神社への下りを分けるとほどなく、右手に白木山からの登山道が合流する。下に林道も見えてきており、このあたりはすぐ下まで車で来て登ることもできるらしい。
白木山分岐からは岩がちの急な下りとなる。湧き水で濡れているので少し慎重さが必要。そこを過ぎ、ミツバツツジやヤマツツジを時々目にする中緩やかに高度を落としていく。小沢を木の橋で渡るあたりは低山にもかかわらず山深さが漂う。
展望台目指しての登り返しに入る頃、白いツツジがさいていた。シロヤシオかと思ったが、花のつき方や葉の数から見て植栽のツツジだろう。しっとりとした森の道が続き、再びニリンソウの群落を見る。その先の平坦地はで一面が緑のじゅうたんになっている。何かと思ったらルイヨウボタンだった。まだ花をつけているのは一部だったが、緑に染まってしまいそうな所である。
山腹を巻いたり、ジグザグに登ったり、いつのまにか登り中心の道に変わっていた。これがなかなかきつい。まだかまだかと思っていると、ようやく第二展望台に到着。西に突き出た小さな岩のテラスで、高度感はなくなったが水郡線方面の街並みが見下ろせる。
袋田の滝方向から縦走者が一人やってきた。新緑のきれいさに感嘆した様子。袋田を起点とすると長い登りの連続する登山になるように思えるが、細かな登り下りを繰り返す行程だけに、西金側とどっちからアプローチしたほうが体力的に有利かは微妙なところだ。
第一展望台へはワンピッチ。石碑の立つ展望場所からは今まで歩いてきた稜線の先に男体山がりりしく見える。
第一展望台からは、男体山以降初めて杉林を横に見ながらの下りになる。再び広葉樹が目立ってくると、またしてもジグザグの長い登り返し。このコースは本当に足を使わせてくれる。途中でフデリンドウが点々と花をつけていた。南関東の山で見るのより少し細身に見えたのでもしかしたらハルリンドウかなと思ったが、根元から放射状に花をつけた姿はやはりフデリンドウか。
登りきったところが月居(つきおれ)山山頂で小広い台地になっており、さらにその先でもう一段高い平坦地があった。地形からも城跡であることは明白だ。
ここまで来れば山麓の車などの生活音も聞こえ里山の雰囲気ではあるが、豊かな広葉樹の山であることは変わらない。しかしこのコースには、今までちょっとした休憩場所には必ずと言っていいほど赤い吸殻入れが置かれていた。健康ブームである最近の世間の動向からすると少し奇妙に映る。自分も山を始めて3年くらいで禁煙を始め、以後15年間1本も吸っていない。
ここの吸殻入れがきれいなのは、こまめに掃除されているのか、あるいは利用する人が少ないのだろうか。
急坂を下って月居山の登山口へ下り立つ。もう下山した気分で、あとは袋田の滝を見物するくらいかと思っていたら大きな間違い。袋田の滝へは月居山ハイキングコースに入り、コンクリ階段のきつい登り返しが始まった。これがやたらに長く、月居山と同じくらい登ってしまったのではないかと思うくらい、眺めもよくなった。ガイドによってはここを月居山と説明しているものもあるが、さっきの登山口にあった案内板では城跡を月居山としていた。
そしてピークの後、今度は急激な下りに転ずる。滝の音がどんどん大きくなり、木の枝の向こうに袋田の滝が見えてからも鉄階段の下りは延々と続く。下りついたところには吊り橋があって、滝見の観光客といっしょになった。
吊り橋を渡ると袋田の滝が大きく、堂々としていた。さすが、日本の三大名瀑と言われるだけのことはある。滝を正面から見るには展望台への入場料(300円)を払わねばならず、ケチって入らなかった。吊り橋からの横顔を見れれば十分である。
みやげ物屋の間を通って車道歩きとなる。平日にもかかわらず観光バスも来ていて、そこそこの人出。日差しが強くなって初夏の陽気の中、袋田駅への道を歩く。
今日は17kmほどの長い縦走路だったがよく歩いた。見所が多くて時間もかかったので、早出していて正解だったようだ。袋田駅で車を回収し、途中の日帰り温泉に立ち寄った後、今日の宿に向かった。