高山植物の宝庫、上越国境の平標山に3人で登る。当初一泊でゆっくり回る予定だったが、土曜日の天候が悪化する予報があったので急遽日帰りに変更した。
上越の山は初めてのメンバーがいるので、余裕を持ってできる限り朝早く出発した。前日の荒天が関東地区にはまだ残っており、大雨の東京を車で発つ。
平標山山頂より、緑の山並みの向こうに谷川連峰の一角を望む
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関越の埼玉・群馬県境あたりでようやく雨は弱まり、北上するにつれて空模様はみるみる好転する。進む方向には赤城、榛名、浅間山などが青空の中顔を出していた。上州武尊も高く聳えている。期待を持って関越トンネルをくぐると、新潟側は何と大雨。山の天気はわかったつもりでいても、特にこの雨の季節は全く予想がつかない。
それでも標高を下げ、湯沢ICから三国街道に入ると降りは弱くなる。平標山登山口のある元橋駐車場に到着したときは、合わせたかのように雨は上がった。
日帰りなら松手山側から左回りで登るのが一般的だが、今日は平元新道を登って平標山の家から山頂へアプローチする。平標山単発で登るのは2回目で、前回からもう10年くらい経っているのだが、谷川岳からの縦走で2年前に通っている。けれども花の時期は久しぶりである。
平元新道に通ずる林道を歩く。道沿いに別荘がポツンポツンと現れる。車が通り過ぎていったが、登山ではなく別荘の所有者かもしれない。雨が上がった直後でまだムシムシする中を行く。道端には何故か蝉が数匹、半死の状態で転がっていた。
樹林下を1時間弱で、平元新道の登山口に着いた。小休憩し登り始める、すぐに水場があり補給していく。新緑には少し遅いが、周囲は緑鮮やかな広葉樹の森である。
急登ではあるが、道はよく整備され歩きやすい。今日は3人で、ちゃんと隊列を組むように歩くことにしていた。いつもならメンバーが勝手気ままに先行したり道草したりで、まとまりがないことが多い。これではあまりにも不慮の事故に無防備なので、チームで歩く以上CL、SLを決めてペースをきちっと守って登ろうということになったのである。
のんびりハイキングもいいが、そろそろそういう意識改革も自分の中で必要と思っている。
ブナ林をジグザグに登っていくうちに、後方の見晴らしがよくなって、青空をバックに苗場山が雲から顔を出した。雨で大気中のチリが払い落とされたようで、くっきりと見えている。この先眺望がよくなることを期待し、最後のひと登りで平標山の家の建つ稜線に出る。
平標山は山頂部が雲に隠れたり、見えたりしていた。小屋の人によると朝方は天気がよかったが、次第に雲が広がってきたとのこと。午後は雷の予報も出ており、今日は空模様を常に気にしながらの1日となりそうだ。
山頂に向かって千島笹につけられた道を登っていく。コイワカガミが至るところに群落を作っている。湿地状のところにはイワイチョウ、低潅木帯にはウラジロヨウラクなどのドウダン系のツツジも花期を迎えていた。
山頂側からどんどんと人が下りてくる。延々と続くこの階段道を、登りにとったのは初めてだ。振り返ると山ノ家がどんどん小さくなり、やがて雲の中に消えてしまった。始めのうちは、仙ノ倉山から谷川連峰への稜線も右手におぼろげながら見えていたが、次第に雲厚くなる。
人が多く留まる平標山山頂に到着する。360度の展望は反対側に上越国境の山々、そして麓が見下ろせる。七ツ小屋山などの馬蹄形稜線もまだ雪がついていた。
仙ノ倉山への稜線は群馬側がガスで真っ白、新潟側はくっきりした眺めが得られる。今日は仙ノ倉山までは行かない予定だが、途中の鞍部まで下りてみることにした。
白い花が敷き詰められたお花畑が山頂からもよく見える。近づいてみたらハクサンイチゲだった。ハクサンコザクラ、ミヤマキンバイもいっしょに咲いていて、平標山の花の盛りはまさに今だと実感する。チングルマやミネズオウなども咲き始め。さまざまな色彩が楽しめる。人もいっぱいでこの両峰間は歩く人が絶えない。
谷川岳方面の展望が開けなかったのが残念だが、また今度の楽しみとしよう。平標山のもう1本の登路である平標新道、万太郎山の吾策新道などまだ歩いていないルートがいくつもある。
山頂からは松手山を経て駐車場に戻る。開けた斜面を下っていくと、次第にガスに覆われ霧雨模様となり、気温がやや低下した。降りが少し強くなったところで雨具を上だけ着る。一の肩の前後にハクサンイチゲの大群落が2つほどあった。
松手山が下部に見えるようになった頃はガスも薄くなり、下方が見渡せるようになった。しかし正面に大きく見えるはずの苗場山は雲の中である。
この下り道では実に多様の高山植物が見られた。アカモノ、コイワカガミ、ミヤマキンバイの他にもナエバキスミレ、マイヅルソウ、ハクサンチドリ、ヨツバシオガマ、ミツバオウレン、シャクナゲ、ミツバツツジなど限りがない、コバイケイソウも若い花を咲かせ始めていた。
松手山前後からは潅木の背も高くなり、ベニサラサドウダン、タニウツギと続く。さらに高度を下げるにしたがい気温も急上昇。それに合わせるかのようにヤマツツジの深紅色が鮮やかで、かなり遠くからもそれとわかる。
この時期の上越国境や越後の山は、上と下とで季節がひとつ違っているように感じる。
下のほうには苗場スキー場の白いホテルがよく見える。今日のメンバーはいずれも、バブル時代のスキーブームを過ごした年代なので、しきりに懐かしがっている。1980年代初頭、映画にあこがれた若者がこぞって各地の雪の地に繰り出し、それこそ猫も杓子もスキー・スキーでホテルや駐車場はどこも満員満車、高速の入出口には長い車列が出来たのである。
そのたくさんのスキー場の中でも、この苗場の白いホテルに泊まってスキーを楽しむことは、その時代のひとつのステータスシンボルであったと記憶している。上越新幹線が開通する以前の話である。
かつてのブームは去ったが、今ももちろんオールシーズンのリゾートホテルとして営業されている。昨年あたりから、親会社の外資による買収話も出てきており、先行き不透明な存在ではある。併設されたリゾートマンションは価格も手ごろなようで、引退した夫婦がここを永住の地に選んで物件購入するケースも多いと聞く。
鉄塔から下はブナ林の急降下となる。標高差のある山を日帰りで登り下りしたので、この頃になるとかなり足に来ているメンバーもいたので、慌てず下るようにする。
今回のように平標山を反時計回りコースで行く場合、最後の疲れた時間にこの急坂となるので注意が必要である。最後はまるで梅雨明けしたかのようにカーッと暑くなった中、林道に下り立つ。元橋駐車場へは右折するのが本当のようだが、左折してバス停のほうに行ってしまう。ただし距離的には100mくらいしか違わない。
駐車場に着くとさらに車の数は増していた。今日は朝方天候がよくなかったのでこの程度の混雑で済んでいるが、これが好天の休日だと6時台で満車となることもあるようだ。
有料駐車場であるため、帰りに500円を払って登山口を後にする。立ち寄り入浴した「雪ざさの湯」の露天風呂からは、あのホテルが青空にくっきりとその白さを際立たせていた。