東の水平線に雲がありご来光そのものは拝めなかったが、朝日に照らされながらの朝食、そして出発の準備をする。
朝から日差しがたっぷり、と言うかすでに暑いくらいだ。道中ヤブがなければ、今日は半袖くらいがいいかもしれない。とりあえず長袖シャツ一枚で、日焼け止めを十分に塗っていくことにした。
海を背に、残雪を踏みながら金北山への最後の登り
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今日は金北山までおよそ6時間の行程、その後白雲台に下山してバスかタクシーで下山する予定である。ただし残雪の量によっては思わぬ時間がかかるかもしれないと予想していた。
それは雪の上を歩くのに時間がかかると言うよりも、道迷いしやすかったり、ヤブや倒木に手を焼くような過去の山行報告を読んでいたからである。歩く人が多ければそういうリスクも半減しようが、何しろどのくらいの人がこの縦走路を歩くのか、皆目見当がつかなかった。でも少なくとも、テント組の10人が金北山までまで歩くことが、事前に分かっただけでもいい。
6時過ぎ、避難小屋を出発する。湿地状になっているところに水芭蕉が固まって咲いていた。笹原の台地では、昨日は閉じ気味だったアマナが白い清楚な花を咲かせている。
今日のの飲み水は、昨日小屋で汲んだ残りで、自炊用の水は雪解け水を取るつもりでいた。昨日歩いた様子では問題なく調達できるだろう。車道に出ると案の定大きな残雪があり、強い日差しですでに解け始めている。とりあえず水の心配はなくなった。
金北山縦走路入口から登山道に入る。昨日歩いたところだが、ショートカットの道を下って、再びのアオネバ十字路へ。ここから気合いを入れ直して歩く。
最初の目標地はマトネというピーク。稜線はほとんど芽吹いてなく、残雪も随所にある。カタクリは朝早いので閉じられているのがほとんどだが、数は多い。と言うよりずっと咲き続いている。
雪割草も時々見る。こちらは時たま見るくらいだが、これは時期をもう過ぎていたのか、あるいは個体数そのものが少ないのかわからない。
途中ではっきりした登りとなり、残雪も増えてくる。今日の行程では、ここが一番標高差のある登りである。着いたマトネは芝状の平坦地で、目指す金北山とそこまでの稜線が一望された。
暑くて、最初から水をがぶがぶ飲んでしまう。半袖シャツに着替えたが、この先にヤブっぽいところがあったので結果的にはまだしばらく長袖の方が良かった。
ドンデン山荘からと思われる登山者が数人、後先を行く。歩いている人はけっこう多そうだ。小さな樹林帯に入っては広大な砂礫や芝状の稜線に出たりを繰り返していく。
真砂の芝生付近で地面が青い部分があった。そういう成分が土壌に含まれているのだろう。「アオネバ」とは、青く粘っこい登山道の様子を表すものらしい。
眺めのいい広々とした稜線は北アルプスっぽく、また金北山の筋骨隆々とした山容はどことなく甲斐駒を連想させる。アルプスと違うのはすぐ近くに海が見えることだろう(しかも左右両側に)。また、こんな高山の雰囲気であるにもかかわらず、900メートル程度の標高しかないのも不思議な気がする。
金北山こそ標高は1100メートル台だが、1000メートルを越えるのは金北山のごく近くになってからであり、この縦走路のほとんどは900メートル台だ。さらに、ドンデン山よりも低い800メートル台のところを歩く部分も多い。見る景色が、自分が普段歩く山の標高感覚とかなり差があって面白い。新潟本土の山ともまた違う。
イモリ平からは登り返しになる。残雪が厚みを増し、本来の登山道を外れて雪の上を歩く部分が増えてきた。そしてついに潅木帯に阻まれ進退窮する。ここからはTシャツでは傷だらけになってしまいそうなので、長袖に着替える。
前方に10名弱のグループが悪戦苦闘しているので、進むべき方向はわかる。とにかく潅木の薄いところを探し、意を決して突破する。
2,3回の突進で何とかヤブは脱した。しかしこれから先もこんなところが何箇所もあるのだろうかと、戦々恐々となる。しかし幸いなことに、これ以降はせいぜい倒木を越えるくらいで、ヤブに難儀するところはなかった。
一転して、眺めのいい開けた場所に出る。天狗の休み場というところで、ここで昼食休憩とする。金北方面、ドンデン方面とそれぞれ登山者が行き交う。
それにしても左右両方に海や港が見える山というのは初めて歩いた。行ったことはないが屋久島や利尻には同じようなところがあるのだろうか。
カタクリは樹林帯ではもちろん群落を作っているが、砂礫の道でも吹きさらしの稜線でも、雪が解けていればところ構わず咲いている。縦走路全体がカタクリの群生地と言ってもいい。
アオネバのシラネアオイ、稜線のカタクリと、今回は今まで見たことがないような花の大群落を2つも見てしまった。
天狗の休み場からさらにピークをひとつ越える。金北山がいよいよ近づいてきた。山頂の建物もはっきり見える。ここへきて今回初めてショウジョウバカマを見る。こんなにカタクリが咲いていて、ショウジョウバカマがほとんど見られないというのも奇妙だが、これはたまたまなのかもしれない。
また、これほど多種多様の春の花がありながら、イワウチワが全くないのも佐渡の山の七不思議のひとつであろう。
黒木の中のきつい登りとなる。杉の木も点在する。役の行者を通るルートは夏道だそうで、雪のある今の時期はあやめ池へ向かう。このあたりで標高はようやく1000メートルを超えた。しかしまだ、日当たりの良いところにはカタクリが咲いている。
大佐渡山脈縦走の最後の難所は、金北山直下の「雪の壁」である。あやめ池への緩い下りの道で、その斜面を目の当たりにした。数人の登山者が時間をかけてゆっくり登っている。傾斜だけで言えば剱岳のカニのタテバイ風だ。
あやめ池からまず、その雪の壁の基部を目指す。ここへきてなぜか登山者が急に増え、行列になった。
垂直に近い雪面には補助ロープがついておりステップも刻まれている。ほとんどの人はツボ足で登っていたが、自分たちはアイゼンをつけて登った。そのおかげか、ほとんど恐怖感もなくスイスイと登ることができた。やはり持つべきものは装備である。
登り切ったところは金北山山頂の50メートルほど手前で、振り返り見る眺めもすばらしい。出発したドンデン山付近が、ここへ来て初めて見下ろす位置になっていた。雪の上を歩いて、いよいよ大きな神社のある金北山山頂である。
山頂には雪はない。建物があるので眺望は片側のみだが、ここまで来ると、ドンデン山付近では見られなかった佐渡の西側が視界に入ってくる。この大佐渡縦走をすると、佐渡ヶ島のほぼ全体を見渡すことができそうだ。
下りは防衛道路を歩いて白雲台である。この防衛道路を通行するには事前に許可が要るので、友人に取ってもらっていた。
フキノトウが異常繁殖している防衛道路は半舗装、もしくは完全舗装となっており、登山道ではない。山を歩く面白みはないがここまでの行程を考えると、こういう下山路でよかったのかもしれない。
それでも、防衛道路は途中から長い登り返しに入ってしまい、強い日差しの下体力的にはかなりきつかった。
金北山と白雲台の間にある妙見山というピークには、自衛隊のレーダー施設が建っていて、これは行きのフェリーからもよく見えた。佐渡ヶ島はその地理的な関係から事実上、日本の北西側に対する防衛上の拠点になっている。日本海を取り巻く諸国間で不穏な空気が流れ始めている今、佐渡に来てこのレーダーを目の当たりにしたことは、ある意味意義深いことかもしれない。
佐渡ヶ島はもとは流人の島だった。流人の島と言っても著名な文化人や政治家が流される地とされていたようで、そうした人の活動の影響で、さまざまな文化が築き上げられたと言われている。
また、その後金鉱発掘の場として多いに栄えるようになるなど、佐渡ヶ島は歴史的に栄枯盛衰の激しい地であったように思う。
妙見山には立寄らず、直接白雲台に向けて下っていく。途中で雪解け水があり、もうほとんど水がなくなっていたので助かった。ザゼンソウやカタクリも咲いていた。大佐渡山脈はまさに花で始まり花で終わる山だった。
防衛道路のゲートを通り、白雲台に到着。売店は登山者ほか、観光客で賑わっていた。
今日のコースタイムはほぼ予定通りだったが、少し早めに出発したため、下山も前倒しとなった。バスでの下山をやめてタクシーを予約したところ、15分あまりでやってきた。タクシーには少し待ってもらい、売店でソフトクリームを食べる。
タクシーの運転手さんによると、佐渡ヶ島の山で花が見られるのは、この金北山のある北半分だけだそうで、島の南半分に伸びている小佐渡という山地には、花はないそうである。アウトドア関係の集客要素で言えば、島の南側はせいぜい紅葉狩りくらい、ということだ。
花が全く見られないということはさすがにないと思うが、これだけの大群落は北側の山地に限ったもののようだ。この南北の自然条件の違いも佐渡の七不思議のひとつに挙げておきたい。
タクシーは両津港に着く。島内でもう一泊してもよかったのだが、今日のうちに新潟本土に戻りビジネスホテルに泊まる。友人の希望もあり、明日は新潟駅に近い低山を登る計画である。
本土へはフェリーではなく、ジェットフォイルで戻る。所要1時間と早いのはいいが、船内は座席移動が自由ではなく外の景色を見られないので、観光の乗り物としては全く面白くない。どちらかというと通勤・通学向きと言えるだろう。しかし運賃は片道6060円とべらぼうだ(ちなみにフェリーだと2等で2250円)。
佐渡ヶ島へはフェリーでののんびり船旅を薦める。