上信越の名山、白砂山に3年前登ったとき、西の方角に高い姿を常に見せていたのが岩菅山だった。
志賀高原の山はスキー場として発展し、日本一標高の高い国道が通じ、リゾートホテルもたくさん建っているが、裏側に入ると高原状の伸びやかな尾根が連なり、山歩きとしても楽しい地となっている。
今回は山麓一泊で志賀高原の2つの山、岩菅山(いわすげやま)と笠ヶ岳に登った。
裏岩菅山への伸びやかな稜線から、岩菅山を振り返り見る
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東京からは遠く、前日のうちに上信越道の佐久平PAまで走っておいた。
翌朝、信州中野インターで下り志賀高原にを目指す。ラジオによるとオリンピックの女子サッカーは決勝でアメリカに惜しくも負けたようだ。途中の湯田中の温泉地を過ぎると、国道は志賀高原へ上がっていく。途中のホテルで、大勢の人だかり。高校生が100名くらい、玄関前に集合している。ホテルの玄関には大手受験予備校の旗が掲げられていた。
一ノ瀬に到着。ここらあたりから歩き始める予定。スキーゲレンデやリフトが多く設置されている。周辺のリゾートホテルにもまた、受験生が100名単位で固まっている。どうやら志賀高原は、夏休みの受験合宿のメッカになっているようだ。
このリゾート地に、自分も高校や大学時代に、クラブの合宿やスキーで何泊かしたことがあるが、勉強しに来た記憶はない。
一ノ瀬スキー場バス停の前に、大きな駐車場があるのでここに停めて支度する。さて、どちらに向かって歩けばいいのか、登山用の標識が回りにない。とりあえず目の前の歩道橋を渡って、リフトのある斜面に向かってみる。すると、登山路を示す指導標があった。
まずは、上条用水路と言う、車道に沿った平坦道を歩いていく。この江戸時代に切り開かれた用水路は、今でも麓の湯田中の田畑を潤しているそうである。流れる水はきれいで、底の土がはっきり見える。
シラカバなども混ざる樹林帯は、車道が近いにもかかわらず静かだ。もっとも今日は平日だからなのかもしれない。それにしてもアップダウンの全くない、本当の平坦道だ。ウツボグサやヤマオダマキなど夏の花をあちこちで見る。
もうひとつの登山口からの道が合わさるところが小三郎小屋跡。水平道はさらに続き、武右エ門沢を渡った3分後、ナメ状のアライタ沢に着く。ここで一息。水が本当にきれいだ。
アライタ沢を渡ると、本格的な登りとなる。突然の階段道でかなりきつい。10分ほどでいったん緩やかになるが、ふたたび階段。それでも周囲の樹林の背は次第に低くなり、背後の眺めが得られるようになる。アライタ沢から30分で「岩菅山中間点」(標識あり)。左手が開け、初めて岩菅山を大きく見上げるようになる。しかしまだ高い高い。
掘り窪められた笹の間の道を上がっていく。ベンチのある小広い場所に出る。「ここはノッキリ」と標柱に書かれている。この登山コースに立つ標識は「ここはどこそこ」と書かれているのが多い。たしかにそう言われたほうが納得というか安心する。
岩菅山への登りとなる。砂利が敷き詰められたような道となって思いのほか歩きにくい。しかし周囲は樹林がなくなって展望が一気に開ける。見上げる岩菅山も近づくにつれ形を変え、丸っこくなったと思えば、端正な三角錐で優美なスロープを見せたりしている。よく見ると山頂直下にスラブ状の岩稜が見えている。これが岩菅山の名の由来にもなっているのかと思うが、「菅」の字との関係がわからない。
下部ではそれほど多くなかった高山植物も、高度を上げるにつれ種類も増えてきた。タテヤマウツボグサ、ツリガネニンジン、アキノキリンソウ、ミヤマコゴメグサが多い。コバイケイソウの葉は早くも緑色があせ、黄色っぽくなっている。
振り返ると東館山へ続く山稜、そしてその先の横手山だろうか、周囲の山々が一望の下に見下ろせた。気温が高くムシムシするが、時折り高原の涼風が稜線を吹き抜け、気持ちいい。
頂上近くまで急登は続いた。いったん樹林帯に入ってすぐ先、祠のある岩菅山頂上である。展望は360度。北に続く伸びやかな稜線の先に見えるもう一段高い山は、おそらく裏岩菅山だろう。一等三角点はここ岩菅山頂上にあるが、あちら裏岩菅山のほうが標高は高い。
避難小屋を確認してから裏岩菅山に向かう。草付の稜線は緩やかな起伏で、花もさらに多くなる。クルマユリやハクサンフウロなど高山系の花も見る。ハイマツも現れて先々週の北アルプスを思い起こさせる。のびやかな尾根のかたちもいい。
時々風がそよぎほっとするが、無風状態が続くと汗が吹き出す。この調子だと下界は今日も猛暑日だろう。
最後のひと登りで裏岩菅山に到着。ここも眺めがよく、対面の焼額山は、山肌に何本ものゲレンデが刻まれちょっと痛々しい。北方にはさらに尾根が伸び、烏帽子山がユニークな形をしている。さらに烏帽子山を越え、新潟県境の切明、白川郷まで縦走できるようだ。岩菅山の避難小屋に泊まって縦走する人もいるようだが、ここ裏岩菅山から400分と、かなりの長丁場となる。
期待した苗場山、鳥甲山の眺めは、残念ながら雲が邪魔して得られなかった。
岩菅山まで戻る。ノッキリまでの急坂の下りはギャップも大きく、見た目以上にきつい。女性や背の低い人が難儀している。
ノッキリからは尾根伝いに行く。いったん樹林となるが、緩やかに登って高度を回復すると再び開けた尾根になり、振り返れば岩菅山が形のよい姿で、どっしりと構えていた。
ただ陽気は次第にムシムシしてきて、どちらかと言うと登り中心のコースは必ずしも快適ではない。逆コースだったらよかったかもしれない。高天原のサマーリフトの営業開始時間が遅いため、今回リフトは下山時に利用することにしたのだが、体力的にはもちろん逆のほうがいい。しかし山登りで最初からリフトを使うのはいつもながら後ろめたい気がする。
樹林帯を抜けて展望地、そしてまた樹林帯へ、を繰り返しながら少しずつ高度を上げていく。進む先にリフト乗り場が見え隠れする。登り着いたところが金山沢ノ頭。樹林の中である。赤石山への道が分岐している。地図を見ると、赤石山からさらに尾根伝いに、白砂山の登山口である野反湖まで通じているようで興味深い。
そこからほんの少しの登り返しでようやく寺小屋山に着いた。この山頂も登山道の一角のようなものだが、もうあとは下るだけ。少し休憩する。
10分ほど下っていくと建物が見え、広々としたスキーゲレンデに下り立った。ヤナギランやアザミがたくさん咲いている。
ここからは、遠くに見える東館山リフト乗り場まで、ゲレンデと林道を歩いていくことになる。発哺温泉へ下るゴンドラリフトの先に、高天ヶ原へ下りるペアリフトがある。リフト乗り場へは高台にある植物園を通っていかねばならず、少しだが登りが残っていた。ここまでかなり足を使っていたのでこの登りはけっこう堪えた。
あまり見て回らなかったが、ここの植物園には様々な種類の高山植物が植えられていて、なかなか楽しめそうだ。リフトで高天ヶ原に下りた後は、湿原につけられた木道と車道を通って一ノ瀬スキー場バス停に戻った。
北アルプスの長い山旅からそう日数も経っていないにもかかわらず、6時間以上の長い歩きになった。明日も近くの山を登るので、本来なら近くのホテルに宿泊するのが好都合であるが、湯田中の静かな温泉地にぜひ泊まってみたかったので、いったん麓まで下りる。