まだ足がガクガクしている。パノラマの眺めを前に大休止するが、何となく落ち着かない。
大日岳から少し下って登り返し、そこからの下りが最後で、一番の難所だった。長い鎖が2本連続する。ついに腕が萎えてしまいズルズルと落ちていったが、そこは地上1mのところだった。
大日岳(左奥に見える)の次のピークから、八ツ峰最後の鎖場を下る
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この先に見える八海山の最高点、入道岳へ行く元気はない。ここから見ると憎らしいほどたおやかな姿をしている。
ともかくも八ツ峰は終わった。後は迂回路を使って千本檜小屋に戻るが、この迂回路も、最初は10mくらいの急な梯子の下りが3つ4つ連続しており、ほっと一息つくどころではない。それでも岩だらけの八ツ峰と違い、土と草の臭いが今までの高まった気を落ち着かせてくれた。
切れ落ちたガレ場を鎖を頼りにへつっていくが、一部鎖がないところもある。新開道を分けて岩場を鎖で下降。濡れているので注意が必要だ。上部、と言うかほぼ真上には八ツ峰のゴツゴツが立ち並んでいて、歩く人の姿も見える。
トラバースが続き、まだ鎖場はあるのかと思っていたところ、見覚えのある岩が見えてきた。朝登った取り付き口を見てようやく千本檜小屋に戻った。ここで正真正銘のほっと一息をつく。小屋の前には今日宿泊予定のグループがもう到着していた。かなり時間のを費やした縦走だった。
薬師岳下の長い鎖場はやはり人の列ができていた。しかも登ってくる人もいるようでかなりの混雑状態。ここを過ぎると思いのほかスムーズに女人堂まで下れた。友人がこのあたりまで登って来ているかと思ったがいなかった。
最後のパノラマを眺めてから、下りにかかる。最初の10mほどの岩の突き出た下り、ここで事件が起こる。前
を下っていた男性が突然、大きな音とともに悲鳴を上げて滑落した。頭を下にして5mは落ちたようだ。急いでその人のところへ下りていき様子を見た。頭から流血している。すぐ後から下ってきた人とともに、その人を担いで平坦な場所に移動する。
その人は意識が朦朧としているものの会話はできる。出血もとまっているようだ。皆で救護用品を持ち寄り、応急手当をする。日頃持ち続けていた粘着テープ式の包帯が初めて役に立った。
大事には至らず、何とか歩けそうだったので、皆で一緒に下山することにした。奇跡的に携帯がつながったのて、ロープウェイ山頂駅に連絡し、下山後の処置をお願いしておいた。
その人はまだ気が動転していたようで足元がガクガクしている。無理もないことだ。「私、落ちたんでしょうか?」そのときの記憶があまりないという。やはりそういうものなのか。
それでも何とか無事に1時間の下山を果たせた。途中でロープウェイの救護の人が待っていて、そこで包帯を巻直してもらう。
今回、自分は努めて落ち着くようにしたつもりだが、人が滑落するのを(しかも目の前で)初めて目にしたので内心は終始穏やかではなく、回りの人との協力で何とか事を運べたのだと思う。
このような難所が連続する山で、しかもその難所ではない下部の登山道で事故は起こるのだから山は気が抜けない。その人も迂回路経由で大日岳に登った後で、ほっとして下山にかかった矢先の出来事だったようだ。人ごとではなく、一歩間違えば自分が怪我していたのかもしれない。
一緒に下ってきた人たちと山頂駅で別れ、ロープウェイで山麓駅に下る。友人は車で待っていた。膝痛にもかかわらず、女人堂どころか地蔵岳まで登ってきたと言うのでびっくり。人が山へ寄せる情熱というのは常識では計れない。
いろいろなことがあった二日間だった。今は何をおいても「無事帰る」が一番である。越路荘で汗を流し帰京する。