中央線沿線の高畑山は道志山塊と尾根続きになっていて、縦走可能である。高畑山はいつも、倉岳山や九鬼山など東西方向の山と接続しているので、今回はこの南北に伸びる尾根道を歩く。
なお、無生野(むしょうの)から入って高畑山~雛鶴(ひなづる)峠~棚ノ入山~二十六夜山~下尾崎というルートは魅力的だが、交通手段が問題だ。アプローチに上野原駅8時28分発の無生野行きバスが利用できるものの、7時間超のこのコースを歩くと帰りのバス便(14時台1本のみ)に間に合わない。
この山域は車を使いたくないため、何かいい手はないものかと思案中である。
無生野には一度も行ったことがないので、今回下山地としてみた。
道志の山稜をバックに、山梨リニア実験線の車両基地が見下ろせる |
鳥沢駅から朝の国道をしばらく歩き、民家の間の細道に入る。中央線のガードをくぐると、大桑山から倉岳山にかけての稜線が目の前に広がる。
目指す山には、北面にもかかわらず雪があまり見られない。西のほうには滝子山から伸びる大菩薩連嶺の稜線が白い。
住宅街を歩いて小篠の登山口に着く。このところの寒さのせいか、貯水池は凍結していた。「峠道文化の森」の標柱から山に入る。一昨年、新緑萌え鳥がさえずる5月に登ったときに比べ、今日は風だけが通り過ぎる静寂の山だ。
沢沿いに進み、石仏の先で倉岳山へのバリエーションルートを分け、さらに高畑山へ直接登る道を見送る。穴路峠から高畑山に登る道のほうが、時間はかかるが、変化があり歩いていて楽しいと思う。
夫婦杉から先はジグザグの急登が続く。日陰の斜面には雪が溶けずに残っている。冬の日は谷間にはなかなか差し込んでこなかったが、遠い町並みを見下ろすようになると、ようやく植林を抜けて上部の尾根に出た。自然林の日差しを浴びて平坦な直線状の道を歩き、穴路峠に上がる。木の枝越しに、秋山側の眺めが得られた。
穴路峠は尾根の上部が削られた切り通し状の峠で、鞍部の部分が一段低くなっている。高畑山を目指して登っていく。天神山に立つと大菩薩方面の眺めが開けた。中でもベタッと真っ白になっている部分は、10日前に登った白谷ノ丸のカヤトの斜面のようだ。その右手には、雲取山や奥秩父の稜線もよく見える。
緩やかな登りがしばらく続いた後、岩混じりの急登に転じる。両側が自然林で回廊のようだ。あとで下る予定の雛鶴峠分岐から、少しの距離で高畑山山頂に達する。
霜柱があちこちで立っているが雪はない。南西面には十二単を纏ったような富士山が形よいが、植林が幾分じゃまをしている。南アルプスの白いラインも樹林越しの眺めだ。
それでも登山者はまばらで、静かな山頂で富士山を見ながらかなり早い昼食とした。
雛鶴峠分岐から急坂を下る。尾根が広く、踏み跡がわかりにくくなるところもあるが、秋山村の立てた指導標に従い足まかせに下る。広葉樹が多くて気持ちがいい。
高度を落とすにつれて木の枝の向こうの富士山はさらに、道志山塊の山の後ろに隠れていく。下りきったところに標識はないが、おそらく楢峠であろう。
そこから先は急激な登りになって、息が切れる。大ダビ山は自然林に囲まれて明るいが展望はなく、苦労して登り着いた甲斐がない。大ダビとはどういう意味だろう。荼毘にふすのダビなのか。その後も急降下、急登を繰り返しイヤゲ峠、さらに次のピークには高岩の標識がかかっていた。
さてこのまま雛鶴峠から下っても、帰りのバスまで2時間も待つことになる。サンショ峠方面に登り返すのも中途半端なので、ここで少し寄り道することにした。高岩から西側に伸びる尾根伝いに歩き、高取山を往復する。
一般登山道ではないので一応地形図は持ってきてはいた。
高岩から下り気味に行き、人工林の縁をなぞるように高度を落とす。その後は自然林の尾根となり、明るい中での歩きとなる。
踏み跡は薄く、ところどころで尾根が分かれる。指導標はまったくないので、ビニールテープとコンパス、地形図を見ながら進む方向を見い出していく。地形は複雑ではなく地図読みは容易だ。ただ、右手にゴルフ場が、場所によってはすぐ下に見下ろせる位置にあって興がそがれる。
804mを過ぎ、さらに進むと送電線が見えてくる。このコースは後半で送電線巡視路と合流するようだ。鉄塔基部にくると初めて前方の見通しがよくなり、目の前に高取山のかわいい盛り上がりがあった。きつい登りを頑張り、支尾根を伝って高取山に到達した。
展望は樹林に遮られ、三角点もない平凡な場所だが、明るくて居心地がいい。場所の狭さがかえって山頂らしくて、お山の大将になった気分である。
高取山から先は、766m三角点やサイマル山を経て猿橋方面に下るコースがあるようだ。今日は予定通り高岩へ戻り、無生野へ下るコースを取る。
戻り道は登り返しが多くなるのは致し方ない。高岩からの往復が1時間半くらいで、ちょうどいい時間調整にもなった。
高岩からしばらく進むとちょっとした岩場の尾根となり、前方が絶壁になっていて眺めがよくなる。朝日山の大きな山体を目の前にする。
そして下のほうにはリニア実験線の車両基地がはっきりと見下ろせる。ここが発着地なのである。建物の中なので見えないが、普段はここにリニアモーターカーの車両があるのだろう。
リニアについては、2020年の東京オリンピックの時には全線開通は間に合わないものの、ここから山梨県の新駅まで体験乗車ができるようになる、という話もある。そうなるとこの静かな道志村が、今までにない脚光を浴びることになるのかもしれない。
なお余談であるが、リニアカーは磁石の作用で走るものだが、実は多大な電力を消費する乗り物だ。山梨リニア線の主要な電力供給元は、新潟県の柏崎刈羽原発である。刈羽からの電力が、送電線を渡ってこの地まで来ているのだ。
中央線沿線の山を歩くと、送電鉄塔によく「西群馬幹線」という表示を見ることがあるが、これは主に柏崎刈羽原発からきている送電線なのである。リニア中央新幹線の開通には刈羽原発の再稼動問題が大きく関わるということは知っておきたい。
再度鉄塔基部を過ぎると、道には残雪が見られ始めた。落ち着いた道を下り、ようやく雛鶴峠に到着する。案内板もない地味な峠だが雰囲気はよく、旅人が行き交う姿が目に浮かぶようだ。
正面、サンショ平~赤鞍ヶ岳へ続く尾根道とはここで別れる。左右とも無生野を指し示しているが、右のほうは「道なし」と手書きが添えられていた。左折してしばらく下ると、あっけなく林道に出た。
ここからは無生野まで車道を下って行くことになる。国道と合流してしばらく行くと雛鶴神社があった。戦国の世、この秋山村に逃れてきたお后様を奉った神社ということだ。
無生野のバス停に着く。民家が点在する小さな農村で、四方を山に囲まれているため、この時間(14時)にしてすでに日は翳っていて、青空にもかかわらず薄暗くなっていた。路地裏から元気な子供が遊びに飛び出してくる気配もない。でも何となく郷愁を誘う静かな地である。
1時間近くバスに揺られ、上野原駅に着く。