梅雨の晴れ間を狙って、南大菩薩の山に登る。天目山温泉を起点に大蔵高丸、破魔射場(ハマイバ)丸と高原の山を歩き、米背負峠から戻って来る周回コースである。一昨年の冬歩いた時は、積雪のため鹿除け柵の扉を開けることができずに周回できなかった。
当初路線バスを利用しようと思っていたが、平日は運行していないことが直前でわかり、車で行くことにした。(年間で数日、特定の平日は運行する)
大蔵高丸山頂から見る富士山
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この日は東京で最高気温34度と、猛暑日一歩手前の予想が出ていたこともあり、朝早くから歩き出したい。天目山温泉は標高すでに1000mあるのだが、単調な林道歩きで始まるのでしょっぱなから汗をかくのは避けたい。
また、高速の休日割引が適用されない。4時までにインターを通過すれば深夜割引となるので、夜中のうちに家を出た。
まだ人影のない天目山温泉の駐車場に車を停め、歩き出す。幸か不幸か、上空は雲に覆われているためそれほど気温は高くない。涼しいうちに林道歩きを済ませ、柳木場沢沿いの登山道に入ってしまおう。
人が少なそうなため、しばらくは鳴り物をザックにくくりつけて歩く。ゲートを過ぎ、焼山登山口に着く。林道を歩いている間、車が二台通り過ぎていった。いずれもこの先の湯ノ沢峠の駐車場まで上がったようだ。
焼山登山口まですでに400m以上の高度を稼いでおり、あとは比較的楽な行程となる。沢を見ながらの緩やかな道は歩きにくいところもなく、快適である。
前方に見上げられる稜線から日が差し込んできて、薄暗い森の道が少し明るくなる。狙い通り、今日はある程度日差しが望めそうだ。クリンソウはもう終期だったが、登山口と沢の上流で咲き残りが見られた。
湯ノ沢峠避難小屋を覗くと、以前あった毛布などは処分されていて部屋の中はすっきりしていた。一度泊まったことはあるが、現在は「あくまで緊急時の利用のみにとどめ、宿泊は遠慮してほしい」旨の注意書きがある。
すぐ上の駐車場には、先ほどの車が二台、停まっていた。
湯ノ沢峠に上がる。笹が繁茂し眺めはあまり良くないが、東側によると丹沢や中央線方面の山並みが見えた。
背丈ほどある笹はほとんどが枯れており、本来なら緑のきれいな草原も今は灰色が多くを占め、残念な景観である。この枯れ笹は来年以降は姿を消して、一帯は裸地化してしまうのだろうか。
小さな樹林帯を抜け、鹿除けの柵の扉を開けると大蔵高丸を正面に見ながらの草原歩きとなる。四囲は大きく開け、気温も高くなく快適だ。
ロープで仕切られた登山道脇にはキンポウゲ、二ガナやアザミが花をつけているが、お花畑としてはまだ寂しく、鹿除け柵の内であるからといっていっぱい花が咲いているわけではない。8月に入ればコウリンカやワレモコウ、オミナエシ、ギボウシなども加わり賑やかになるだろう。
ひとしきりの登りで大蔵高丸の山頂に立つ。
目の前に飛び込んできたのは、裾野まで余すところない霊峰富士である。絵画でも見ているかのような完璧な眺めだ。丹沢山塊や三ツ峠など近くの山並みも、この時期にしては珍しくくっきりと見える。南アルプス方面は雲が多いながらも甲斐駒などが良く見えた。
薄雲で日差しが遮られていることもあり、長袖でちょうどいいくらいの涼しさだ。下界で猛暑級の暑さが予想される日は、1700m程度の高さの山だとあまり涼しさが感じられなかったりするが、今日はこのくらいの標高がちょうどよかったようだ。
時間には余裕があるので、富士山を見ながらゆっくりする。
この先、破魔射場丸にかけての稜線も、開放的な草原の尾根が続く。時折りくぐる小さな樹林帯がいいアクセントになっている。
ヤマツツジなど木の花はもうほとんど終わりで、登山道はサラサドウダンの落下花で敷き詰められている。あたりが開けると富士山が真正面で圧巻だ。
さっき大蔵高丸で会った夫婦とすれ違う。おそらく車の人たちで、湯ノ沢峠からの往復だろう。今日山で出会った人は、あともう一人だけだった。
いつの間にか着く破魔射場丸の山頂は林の中。三角点を見て少し下ると、真木方面への下山路を手書きの標識が案内しているが、踏み跡は薄い。そちら方面に少し足を踏み入れると眺めのいい休憩地があった。
この山稜を東側から登るルートは何本かあるようだが、いずれもまだ歩いたことはない。湯ノ沢峠に上がる登山道は古くからあり、悪い道ではないようなので近いうちに歩いてみたいとは思う。
破魔射場丸から見る富士山は前段に大谷ヶ丸、本社ヶ丸、三ツ峠を従え、これも絵になる。
下るところで、右手の斜面からピー!と鋭い鳴き声を聞く。鹿除けの柵を多く見るようになったこの山稜で、鹿の姿を実際見たのは初めてかもしれない。大菩薩連嶺の鹿は奥多摩から尾根伝いにやってきたと言われている。自分が山を始めた20世紀末頃はいなかったはずだ。
破魔射場丸を後に、しばらくははっきりした下りとなる。遠慮がちだったお日様もここへきて頭上に居座るようになり、青空の面積もぐっと広がっていた。
標高1700m台だった稜線から2時間ぶりに脱すると、じわじわと汗がにじみ出てきた。やはり高度を落とすと暑い。今までいたところが何と涼しかったことか、実感できた。それでも天下石前後あたりまでは草原の尾根がしばしば現れて涼しい風も吹いていた。
さらに下っていくとブナを中心とした樹林帯に入り、ワンワン、シャーシャーとあたり一帯がエゾハルゼミの大合唱となる。初夏を通り越した盛夏の山。山登りとは、短時間のうちに季節を行ったりきたりする行為である。
米背負峠で下山とする。10年くらい前、滝子山~大谷ヶ丸の登頂後に下ったときは、このルートも登山地図ではまだ破線表示だった。今は歩きやすい登山道として普及しているようだ。
登路の柳木場沢と同じ沢沿いの樹林帯ではあるけれども、鬱蒼とした感じはなく涼しげである。40分ほどで大蔵沢林道の終点に下り立った。
あとはこの林道をてくてくと、天目山温泉まで歩いていくのみ。途中で富士山や南アルプスの眺めが得られる明るい道である。
今日は行きと帰りで都合2時間ほど林道歩きをしているが、今日は涼しい中、端正な富士山を長時間拝められたので、長い林道も苦にならない。しかしやはり標高1000mそこそこでは暑さも相当なもので、最後は靴底を通して足の裏が焼けるような感覚だった。
天目山温泉は平日ということもあり、お昼時でも中はガラガラ。源泉ぬる湯には好きなだけ入っていられた。
この南大菩薩山域は、大菩薩嶺周辺とは違って休日でもそれほど混み合うこともなく、ましてや平日だと山も温泉も極端に空いている。山の魅力や景観からみてもっと人気が出ていい山だと思う反面、知らない人たちにはそのまま知られなくてもいいような気もする。