暖冬と言われた今年の冬も終わりが近づいてきた。
都心のソメイヨシノは来週中頃にも開花を迎えそうだが、この土日は寒の戻りがあり、関東の天気もよくなさそう。あまり高い山には行かずに、中央線沿線の小さな山を巡り、小さな春を探すことにする。
石砂山北麓の篠原(しのばら)も早春の趣
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藤野駅からのバスの乗客は自分ひとりだった。ゴルフ場の脇にある大鐘バス停で下車。峰山はやまなみ温泉からの道がよく歩かれているが、この大鐘からも同じ位の時間で登れるようだ。
バス停から少し戻って右の道に入る。峰山を正面に、人家の間につけられた小道から未舗装の林道に歩を移す。緩く登っていくと、右下にさっきのゴルフ場が見えた。首筋あたりにポツッときた気がしたが、しばらくすると小雪が舞ってきた。
時折り雑木林を交えながら、はっきりとした尾根筋を登っていく。舟久保からの道を2度合わせ、高度を上げていくと雪はいくぶん強まり、やがて地面もうっすらと白くなり始めた。朝からどんよりと低い雲が垂れ込めてはいたが、日差しもありそうな予報だったし、こんな天気になるとは予想外である。
尾根道は意外と眺めが開けるところもあって、天気が悪いのが惜しい。やまなみ温泉からの登山道を合わせ、暗い樹林帯を直進していくと、雪の積もった石標が3基、その先が峰山の山頂だった。
以前来たときに比べて南面の展望がよくなった。しかし今日はかすかに丹沢の山の輪郭が見えるのみ。
ベンチには数センチの雪が積もり、腰を下ろす場所もない。雪が強まったので、立ったまま目の前の白い眺めを見ながら様子を見る。
携帯で気象庁の雨雲レーダー見ると降水の表示がない。霧雨状なので機械が認識しないのだろうか。ただ、東京都水道局のレーダーには、八王子から相模湖にかけての一帯が降水となっていた。
どちらにしても雪はすぐに弱まる気配はない。意を決して進むことにした。しばらく植林帯の道が続くので、そう雪は当たらない。
小舟や綱子への下山路を分け、天神峠から来る道を合わせる。祠に刻まれた「湯殿山神社」とは、山形県の月山にある神社のことだろうか。
小さなアップダウンを交えて、小気味良い尾根道が続く。標高を下げたせいか、雪も少し弱まる。やがて鉄塔の基部に出る。送電線越しではあるがここからの眺めはなかなかよく、東丹沢の山々を含め付近の山並みが意外なほどダイナミックに迫ってくる。これから向かう予定の石砂(いしざれ)山、もやってはいるが上の方が白くなっていた。
このあたり、標高の割には山深さを感じる。高尾山の隣りの山域で、しかも高尾山より標高が低いというのが不思議である。
ダンコウバイがそこかしこで黄色い花をつけていた。花が終わってしまうと気づかなくなるが、ダンコウバイの木って山にこんなにも多く生えているのかと驚く。
他にアブラチャンやキブシも。ダンコウバイとアブラチャンの見分けは、花が枝に直についているのがダンコウバイで、花の色も黄色味が強い。アブラチャンの花は少し緑がかっている。
簡易舗装された道に出会ったりして里の雰囲気がしてきたと思ったら、人家が見え菅井の集落に下り立った。県道に出ると、あたりはしんと静まり返っている割には、行き交う車はけっこう多い。雨のような雪はなかなか止み切らず、肌寒さはあるがウグイスの初鳴きを聞いた。
鉄筋の建物に「TEAM UKYO」と看板が掲げられている。自転車レーサー・登山家でもある元F1レーサーの事務所のようだ。こんな寒村になぜ、と思ったら、この人はここ神奈川県相模原市出身で、現在は市の名誉観光親善大使でもあるそうである。
道路には「これより五町 尾崎城城下町」という標柱が立っていた。尾崎城はこれから立ち寄る伏馬田城跡のことで、道脇に何本も立つ標柱が旧跡の場所を示していた。「経塚」(きょうづか)、「北角」(きたぐろ)、「人潰れ」(ひとつぶれ)など、奇妙な名前のものもある。
左手には、さっきとは別のゴルフ場が見えている。今日歩いている場所は西から、ゴルフ場→峰山→ゴルフ場→石砂山と、ゴルフ場と山がサンドイッチ状態になっている。
畑地が広がる見通しのいい場所に出ると「菅井花街道」と書かれており、民家の庭先にはこの冬の時期でもささやかな花が植えられ、目を楽しませてくれる。
東海自然歩道の案内板のあるところから山道が再開するが、ここはやり過ごしてもう少し先の、伏馬田城入口まで行く。
登山道の入口にはヒル除けスプレーが置かれていた。ここ伏馬田城から石砂山、篠原(しのばら)にかけての一帯は、春以降ヤマビルが多く生息しているようだ。ヤマビルは気温が上がってジメジメし出すと発生するそうだ。1週間ほど前に春のような陽気が数日続いたこともあって、もしかしたら3月と言えども油断はできないと、来る前に思っていた。
しかし雪が降り気温0度となった今日は、さすがに出てくることはないだろう。ただ用心に越したことはなく、念のためスプレーを足首あたりに吹きかけてから入山する。
植林帯をくぐり上部に出ると、地面は再び雪で白くなる。着いた伏馬田城跡は石標が立っているだけの、説明板も何もない殺風景なところだった。
ここは昔、甲斐の国武田氏の勢いを相模の国の水際でくい止める、まさに最前線の地であったのだろう。
登ってきた道を少し戻り、北方向の尾根に乗る。ここも自然林そしてダンコウバイが多く、歩いていて楽しい部分である。
植林下の小ピークに立ったあと、石砂山へは地形図では北北東方向へ下っていくように描かれているが、実際は北西の尾根通しに少し下ってから東海自然歩道に合流し、北東へ進むようになっていた。合流点には指導標が立っているが、そこに下っていくまでの部分は踏み跡も薄く少々わかりにくい。
尾根道は再び開けた場所に出る。送電鉄塔の立つ台地に上がるとほぼ360度の眺めである。正面には石砂山が高く、まだ距離はありそうだ。伏馬田への下山口を分けて登り返していくと、10名くらいの中高年グループがやって来た。今日はじめて会う登山者だった。
ここらあたりから急登となり、本日一番の頑張りどころである。途中で登山道は石砂山とその左のピークとの間にある鞍部に通じていた。やはり上部稜線は雪模様で、展望も効かない。尾根道を登って石砂山山頂に到達する。
この山も南面が大きく開け、天気が良ければ気分の良いところだろう。今日は傘を差して、ベンチの雪を払い休憩する。
石砂山はギフチョウがよく見られる山で、春先は登山者だけでなく多くの人が登りに来るらしい。ギフチョウは他の山で何度か見ているが、ここはきっと個体数が多いのだろう。山頂にも保護をお願いする貼り紙がある。
篠原に向けて下山する。木段の下りは歩幅が合わなくて歩きにくいが、高度を落とすにつれ雪の降りは弱まってきた。その後道は穏やかになる。そう言えば前回ここに来たときは、石老山から牧馬峠経由で山頂直下に直接登ってきたのだが、いったいどの場所に登りついたのだろうか、よくわからなかった。
下り立った登山口にはやはり、ヒル除けスプレーが置いてあった。いっしょに入っているペットボトルは、体にヒルが付着していた場合、地面に捨てるのではなくここに入れてほしい、というものだ。
登山者自身がヒルにたかられるのはいやだがそれ以上に、住んでいる人々に迷惑をかけないよう、麓にヒルを持ち込まない配慮が必要だ。
畑の間につけられた坂を下っていくと県道に出て、しばらくして篠原バス停に着く。ここから車道を小一時間歩けばやまなみ温泉へ行ける。無理のない1日の登山ルートとしてはこのあたりがいいところなのだが、天気も回復してきたことだし、もう少し歩くことにした。
このまま相模湖駅まで車道を歩く考えもあったが、目の前に鉢岡山が形よい姿を現したこともあり、これを越えて藤野駅まで歩いて戻るコースを選ぶ。
途中で大石神社に立ち寄ってから、県道を東尾垂の湯方面へ登っていく。59号電柱の横から山側に踏み跡が伸びている。一般の登山口はまだ少し先にあるが、ここから山に取り付く。
踏み跡はヤブっぽく、途中で少し軌道修正して、鉢岡山山頂から南東に伸びる尾根に乗る。黙々と直登していくと視界が開け、一般コースと合流したすぐ先が鉢岡山山頂だった。
アンテナ施設のある山頂は狭く、しかも30名くらいの団体がいて、座ることもままならない。しかしこのあたりは南から西にかけての眺めがよく、高柄山や峰山など、上野原市から藤野にかけての低山が広く見渡せた。
その後の尾根道も総じて明るく、歩きやすい。そんな登山道の脇に、廃車が落ちていた。これは不法投棄なのだろうか。それよりどうやって運んできだのだろうか。たしかに、登山道は注意すれば車で走れなくもない幅ではあるが。
その先に骨組みだけの家もあるなど、なんとなく人気くさい道と思っていたらほどなく新和田峠で、下った認識のないまま麓へ下山した形になった。このあたりは山と生活圏がかなり接近していて興味深い。
その先の杉峠は珍しい五叉路となっている。間違えて宝山のほうへ進んでしまい、途中で気がついて引き返す。
再び杉峠から、今度は金剛山方面の尾根道に入る。高度を上げるがもう雪や雨は降らない。稜線を少し外れたところが、今日2つめの峰山(日蓮峰山とも呼ばれる)で、さらに今日一番の展望地だった。
先ほどの鉢岡山からの眺めに加え、高尾山や権現山稜、扇山・百蔵山も見えた。いつもは手ごろな低山ばかりだが、今日歩いている山から見るとどれも立派な高峰に見える。見るからに登るのに骨が折れそうな鶴島御前山のコブコブもよく見える。
中央線からもすぐ近くに見える低い山で、こんなに展望の良い山があるとは知らなかった。
この先の八坂山を経て、そのまま下るルートもあるようだが、名前だけは知っていた金剛山に寄っていくことにする。峰山のすぐ隣にある杉木立の塊、これが金剛山のようだ。峰山からはほんの数分だった。
祠があり、落ち着いた雰囲気の山頂である。それでも中央線側の眺めは開けていた。
急坂を踏ん張って下り、鳥居のある金剛山登山口に下り立つ。今朝バスで通った道である。あとはこの車道を歩いて藤野駅に戻るのみだ。
久しぶりに7時間を越える歩きで、低山ばかりだったが大変に充実した1日となった。
藤野駅周辺には他に鷹取山、能岳、高倉山、そしてもうひとつの金剛山など、登ったことがない山がごろごろしている。山を選ぶ楽しみがまたひとつ増えた。