残暑、というよりいまだ夏本番の日々が続いている。天気は良いので出かけたい。暑さを避けて樹林で覆われた山がいいだろう。
ただやはり眺めの良い稜線も歩きたいので、日が高くなる前のなるだけ早い時間に登れたほうがいい。しかも登山口の標高も1000m以上。山選びにこういう厳しい条件を余儀なくされるのも、この常識外れの猛暑のせいである。しかし来年以降もこんな夏になってしまうのなら、それこそアルプスとか富士山くらいしか行くところがなくなりそうだ。
この厳しい条件から選び抜かれたのが今日のコースである。この日の山梨県の予想最高気温は37度だが、登山口の大峠は標高1500mを越えているので、早朝から歩き出せばその「常識外れの暑さ」に出会わずに済むかもしれない。
シラビソの深い原生林 |
中央自動車道の大月ICから国道、県道へ。真木温泉への入口や大きな駐車場のある桑西を過ぎ、高度をどんどん上げていく。ICから1時間弱、6時前に大峠登山口に着いた。駐車場にはすでに2台ほど停まっている。富士山の眺めがいい。そして、半袖だと肌寒いくらいでホッとした。
雁ヶ腹摺山ももうずいぶんと登っていないが、今日は黒岳方面へ。休憩舎を見て、すぐに樹林帯の中に入る。樹林の道でも標高が高いので、いつも見る樹木と最初からちょっと顔ぶれが違う。ミズナラやハウチワカエデ、ダケカンバが目につく。心形(ハート型)の葉はシナノキだろう。ブナは初めに数本見ただけだった。
樹林の切れ間から富士山が見えたが、基本は鬱蒼とした森の中である。最初の赤岩ノ丸までは結構な急登だ。その後尾根が広くなり、踏み跡が乱れ気味になる。右手にやや下り尾根の少し下を行くのが正しいようだ。
しばらく進むとモミやアカマツが混ざり、道脇には腰下くらいのスズタケが伸びていた。このあたりまでは昔は人の手が入っていたような林相が続いていた。倒木が多くそのたびに小さく迂回する踏み跡がついている。
高度を上げ、再び斜度がきつくなるとシラビソの森に変わってきた。黒い実をたくさんつけた枝がそのまま地面に落ちている。スズタケはなくなり緑鮮やかな苔類が林床を敷き詰め、森の深さを実感する。大峠からの登山道は、ものの1時間登っただけで深い原生林の中に入り込めるルートだった。
大きなザックを背負ったグループが下りて来た。湯ノ沢峠避難小屋で泊まったと言う。自分もかなり昔宿泊で利用したことがあるが、数年前に小屋の前を通ったとき、老朽化のため宿泊は遠慮してほしい旨の貼り紙があったように思う。でもやはりあの小屋に泊まりたい人はいる。その気持ちはよくわかるので何も言えない。
指導標の立つ稜線に出る。左折して数分で、一等三角点のえる黒岳に到着する。周囲はいくらか木が切られ、明るい雰囲気があるが展望はない。周囲はシラビソとコメツガの混交林である。2種類が並んで茂っているので、葉の形状や樹皮の色などの違いがよくわかる(ただし、トウヒとシラビソの違いが自分にはまだよくわかっておらず、シラビソと思っていたのはトウヒかもしれない)。両方とも、南関東や甲信の標高の高いところでよく見るが、コメツガの方が生育帯は上のような気がする。
白谷ノ丸に向けて南下する。鞍部に下りたところは広さはそれほどでないものの、「やまなしの森百選」の標識が立ち豊かな広葉樹が広がっている。ハウチワカエデと思われるが、葉柄が長いのでコハウチワカエデかもしれない。
鞍部から少しの登りで白谷ノ丸に着く。ここは展望の良い草地の頂だ。富士山や南アルプス、八ヶ岳をはじめ重厚な山並みが連なっている。
少し下がったところに白砂の平坦地があるのでそこまで行く。途中の草原のお花畑はずいぶん退化してしまった。よくよく見るとノアザミ、ハクサンフウロ、ウメバチソウなどが咲いているのだが、草に隠れて目立たない。暑かった今年の夏は、どこの山も花の咲く時期が前倒しで、花期そのものも短かったようだ。南関東近辺の山で花が見られなくなった要因は鹿の食害以外にもいろいろある。
他方、スズタケの一斉開花で植生が大きく変わるかもしれないという期待はある。以前のようにヤナギランやマツムシソウの咲く稜線に復活することを願いたい。
黒岳に戻る。すぐに稜線分岐に着くが、このまま下山はあっけないのでもう少し先に進んでみる。苔むした静かな尾根道が続き気持ちがいい。所々で樹林の切れ間があり、富士山や南アルプスが覗く。
この小金沢連嶺の登山道は、標高2000m近いところを長い間維持でき、その上大方が樹林下なので暑さをほとんど感じない。新潟や東北の山の場合、同じ標高だと樹林がないところが多いので直射日光に苦しめられる。残暑厳しい時期に、標高の高い樹林の登山道は貴重である。
緩やかなアップダウンを経て川胡桃沢ノ頭まで来た。この先は下りの後牛奥ノ雁ヶ腹摺山への長い登り返しとなる。もともと歩く予定はなく、涼しさを求めにきた手前、汗はかきたくないのでここでUターンすることにした。
分岐から大峠へ、来た道を下る。原生林の雰囲気はいいが、下げた標高がそのまま気温の上昇につながっていく。広葉樹林に入ると下りなのに汗が噴き出すようになった。
大峠に下り立つと、普通の格好をしている家族風のグループがいた。この辺にダムはないかと聞かれる。上日川ダムのことかと答えると、そうではないと言う。
峠には、この辺の森について「緑のダムの豊かな自然~」などと説明する案内板が立っていたため、すぐ近くにダムがあると思ったらしい。山の森林と健全な土壌は水源涵養機能があり、洪水発生の緩和や渇水時の貯留の役目を果たしている。こういった森の役割を緑のダムと例えているので、実際にダムがあるわけではもちろんない。
森は保水機能という役割のほかに、暑さを緩和する効果も大きいことが今日の山行でよく実感できた。暑さだけでなく、体温を下げる強風を樹林は防御する意味で、寒さの緩和機能もある。自然のいうものはよくできている。
猛暑にしても豪雨にしても、最近の天気は極端なくらい一方向に偏ってしまう傾向が強くなっている。人間の考え方も、なんでも白黒をつけないと気が済まないように変わってしまったのもそうした自然現象の因果応報かもしれない(どっちが先なのかはわからないが)。
今は、そんな極端性を中庸に是正してくれるモノが色々な分野で求められ始めている気がする。
白黒つけるで気がついたが、今日登った山は明るい草原の白谷ノ丸と黒木で囲まれた黒岳だった。こういうはっきりした植生の違いはあっていい。