権現山稜西側の鋸尾根は、長尾根とともに南関東・甲信の山域の中では比較的杉や檜の植林が少なく、標高の低いところから広葉樹の森が広がっている。したがって芽吹きや新緑はより早く、紅葉はより遅くまで楽しめる。
つなぎ山行というと言葉はよくないが、周囲の同じくらいの標高の山がまだ春浅くても、この尾根は一足先に新緑シャワーを浴びることができるので、4月下旬から5月初旬にはこの山によく足が向く。
大寺山へ、新緑の尾根を行く
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猿橋駅前のバス停には、すでに10人ほどの列ができていた。皆権現山だろうか、浅川行きのバスで行ってしまった。上和田行きの乗客は自分1人。なのに乗務員は運転手を含めて3人も乗っていてもったいない。
杉平入口バス停下車。周囲の山はすっかり新緑になり、小姓集落の民家の庭にも色とりどりの花が咲き揃っている。高いところを見上げると、まだ緑色は軽い。鋸尾根への取り付きは民家の脇にある。
植林下の急坂から尾根に上がり、グリーンカーテンの森に入る。アカマツ、コナラ、カエデ、トチノキ。低いところの緑はもうかなり濃くなっている。鋸尾根はその名の通り、遠目から見るとギザギザしているが、標高1000mに満たない部分は比較的なだらかで、歩きやすい。1129mピークは南側から巻き、ミズナラやブナの新緑を見上げながら高度を上げる。
風が通る鞍部からはやや尾根がやせ、岩がちとなってきた。存在感のある黒木はモミだろうか。2つ目のピークを越えてひと登りで、北峰に到達した。
一気に開ける南面の展望。これまでがほとんど眺めのない道だったので眩しいくらいだ。見渡す奥多摩、丹沢、中央線沿線の山々はまるで競うかのように緑のラインがどんどんと駆け上がっている。
山頂に立つ一本の木、おそらくこれもモミと思われるが、これにかけられた大きな鏡はついに真ん中から縦にヒビが入ってしまった。
少し前の「山と渓谷」に北峰がとり上げられた。このマイナーな山が全国区の、しかも毎月のように北アルプス特集をしている雑誌に載るなんて、夢にも思わなかった。それゆえ登山者も増えたのかと思ったが、今日のバスは自分ひとりだったし、山中でもまだ登山者に会っていない。雑誌の影響はあまりないようである。
と思ったら、女性が1人登ってきた。安寺沢バス停で下りて、尾名手尾根を登ってきたという。自分が今日歩く予定の大寺山から東に派生するバリエーションルートだ。この人は雑誌につられたのではなく、もとからのこの山のファンのようである。
尾名手尾根は下りにとると尾根を外れて県道に下りていく部分がわかりにくく、過去に道迷いによる遭難も起きている。今回は自分は歩くのを見送ったが、ここは登りなら比較的わかりやすそうだ。安寺沢から登れるとは知らなかったので、今度挑戦してみたい。
大寺山に向かう。ひとしきりの急坂の後、平坦な尾根道となる。新緑が本当にきれいだ。ようやく何人かの登山者と行き交った。大寺山は樹林に囲まれているが、今の時期は明るい緑がいっぱいの気分のいい休憩場所である。山頂から東に伸びている尾根筋は尾名手尾根だろう。思った以上に踏み跡は薄かった。
小寺山へもゆったりした稜線歩きが続く。右手から未舗装の林道が上がってきて、登山道と平行するようになる。以前歩いたときは林道はなく、道もやや藪っぽかったが今はすっきりしてしまった。やがて登山道と林道の区別がつかなくなる。左手のゆるゆるしたピークが小寺山だった。
小寺山から先は林道は尾根を外れて行ったため、尾根上の薄い踏み跡を拾っていく。そのうち左側が網フェンスになった。フェンスの向こうは何か農地のようである。急降下して下り立ったところに、さっき別れた林道が再び合わさる。ここは西原峠だろう。もう何年も来ていなかったので峠の様子がこんなものだったか、記憶がない。最後の休憩をとって下山とする。
植林地との境につけられた登山道を辿る。右手が伐採地で、時折展望が広がる。今日は足元に見る花が少なく、鋸尾根でフモトスミレが少しだけ、小寺山付近でタチスボスミレがあったくらいだったが、ここでようやくいくつかの種類のスミレをみることができた。紫色はアカネスミレだろうか。
どんどん高度を落とし、先ほどまではるか下に見えていた集落がいつの間にか目線に近くなっていた。一軒の民家の裏に出て、川を橋で渡ると朝バスで来ていた県道に出る。左に少しだけ行くと小寺バス停があった。バスもちょうど良いタイミングでやって来た。
今日歩いた山域の登山者は少なかったのだが、バスは小菅の湯からの直通だったため混雑していた。途中の冨岡、杉平入口で乗ってきた人はさっき山頂で会った登山者ばかりだった(なぜか全員の顔を覚えていた)。同じバス便なのに、行きは自分一人、帰りは満員とバスも珍しい。
猿橋駅から、まだ明るいうちに帰途につく。