鞍部から登り返して岩場をトラバースし、注意を要する場所は完全に脱する。稜線は相変わらず風が吹き続いている。
朝の丸山付近から、独標やピラミッドピークを望む
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あとで気がついたが、稜線を歩いている間は絶え間なく強風が吹き荒れていたのに独標のピークだけはなぜか、完全な無風だった。まるであそこだけ別の次元にいたように錯覚するほどである。
とにかく難所は去った。あとはこの絶景を楽しみながら下るのみである。空は白っぽくなってしまったがガスも出ず、眺望はほしいままだ。笠ヶ岳から双六岳にかけての白き峰々は相変わらずすばらしい。
丸山まで下ればさらに眺めは広がり、鷲羽岳まで視界に入る。それでも西風はなおも地吹雪を伴い吹き付けてくる。登りのときと違って向かい風で下るので頬が痛い。
焼岳と乗鞍岳を正面に、最後の下りとなる。西穂山荘の前に着くまで強風はやまなかった。今日は発着点の山荘前と独標ピーク以外では、ずっと風に吹きつけられていた。しかし大きな仕事をこなし、山荘に着いてようやく達成感を感じる。
それと同時に何だか気が抜けてしまって、スパッツやアイゼンを外す行為がなかなかはかどらない。サングラスなどはどこで外したか、わからなくなってしまった。
山荘に入りホッと一息。夕食の時間まで同行者と乾杯することにした。西穂山荘は「西穂ラーメン」が名物だそうで、自分は注文しなかったが飛ぶように売れていた。器がやや小さいものの醤油と味噌味がある。
その食堂にいる人や宿泊者を見ると、やはり若い人ばっかりだ。さすが北アルプスの雪山である。自分たちはもう、かなり年上の部類だ。
売店の食堂は大盛り上がりの宴会状態になっていた。自分たちはちょっと乗り遅れた。そもそも座るところがない。カウンターの隅っこにスペースを見つけ、二人で酒盛りをする。
年代のギャップを感じたわけでもないのだが、今日の小屋の夜は、今まで泊まったのと少し違う空気が流れていたようだ。
鳥海山の滝ノ小屋、昨年の大朝日小屋では同宿に同年代の人たちが多かったので自分たちも輪の中で盛り上がれたが、今日はそうも行かない。
夕食の時、気象予報士でもある山荘のオーナーから、天気や登山道状況などについて話があった。今日は独標付近で3名もの滑落者が出たとのことである。やはり先ほどのヘリはその救助にあたっていたのだろう。
こういう天気のいい日は登山者の気が緩み、かえって事故が起きやすいと言う。言われてみればもっともだ。天候が厳しければ登山者の行動も慎重にならざるを得ないだろう。
滑落はいずれも大きな事故にはならなかったようで、不幸中の幸いである。
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朝5時、外に出てみたらもう出発する人がけっこういた。上の方でご来光を拝むのだろうか。
朝食は5時45分と早い。食べ終わった後、自分も日の出を見に出かける。今日も風が強く、上部の方は雲がかかっていた。
始めはちょっとそこまでのつもりで、アイゼンだけして登り始めたが、朝の素晴らしい眺めに見入っているうちに結局丸山まで登ってしまった。ネックウォーマーをしてなくて、山荘への下りはかなり寒い思いをした。
今日はもう下るだけ。ロープウェイの始発が9時15分なので時間には余裕がある。
始めからアイゼンをしていく。少し高度を下げると風も止み、暖かささえ感じるようになった。時折見上げられる西穂の稜線は、雲も次第に取れてきて歩いている人影がたくさん見られた。
こうしてみると独標はあまり目立ったピークではなく、ピラミッドピークも歩いていて見た端正な三角形ではない、丸っこいコブのように見えた。
幡隆正人の記念碑に立ち寄ってからロープウェイ西穂高口駅に着く。
運行開始まで時間があったので、駅の中にはギャラリーがあって地元の中学生による穂高連峰など自然画がたくさん飾られており、どれも力作だった。この付近の子はみんな、絵の才能があるのかな。
朝一の下りロープウェイには、もちろん観光客はいなくて皆登山者だ。自分たちと同じく、西穂山荘から下山してきた人ばかりを乗せ、今日も青空いっぱいの中を下っていく。今回は西側の窓に張り付いていたので槍ヶ岳も見えた。
高いところでなければ風も弱く、昨日今日は絶好の雪見日和となった。初めての冬の北アルプスは、強風に悩まされながらも先週の武尊のようなホワイトアウトの恐れもなくて、展望満点の素晴らしい山旅だった。谷川岳や八ヶ岳とはまた一味違った雪山経験ができた。
新穂高温泉駅の売店で飛騨牛関連のおみやげを買い、中崎山荘のにごり湯で温まってから、東京への帰途につく。
帰りの高速では、友人の車(ハリアー)のハンドルを初めて握る。大きい車は苦手で、いつも運転してもらってばかりだったが、今日はまだ日も高く高速は空いていたので苦もなく運転できた。運転手が二人いれば、今後少し遠いところも手が届きそうだ。
まだ行きたい山はいっぱいある。