仕事をやりくりして、日・月と晴れ予報の2日を、富士周辺の山行にあてることが出来た。今回は富士五湖から離れ、身延線沿線の未踏の2山に登る。 1日目は思親山。親思いの日蓮上人が登って故郷に思いをはせたことから、この名がついたと言われる。富士山の展望で古くから有名な山だ。
東海道線で富士駅、そこから身延線で内船(うつぶな)駅まで行く。内船駅は無人駅のため、ワンマンカーのときは一番前のドアから下りてその際料金を払わなければならないのだが、すっかり忘れて後ろのドアから下りてしまった。 気づいた運転手がすごいけんまくでやって来る。支払いに手間取り、その間電車は5分近く停車していた。自分が身延線のダイヤを遅らせてしまった。 少し動揺しつつ駅を後にする。富士川沿いの車道を辿り、踏切を渡って住宅街に入る。 「思親山へようこそ」の貼り紙と手製の地図が道路に脇に置かれている。こういうものを見るだけで心和む気分になる。ただ集落の背後にそびえているだけの存在の山よりも、地元の人の気遣いが感じられる山に登るほうが楽しい。内船寺への階段をやり過ごし、舗装車道を上がっていく。
茶畑越しに篠井山、十枚山など安倍奥の山が稜々とした山並みを形成していて見ごたえがある。一方、目指す思親山の方角は、厚い雲に覆われていて気になる。東海道線や身延線に乗っている間も富士山は全く見えなかったし、ここまで天気は予報とずいぶん違うようだ。 薄暗い杉の植林帯がずっと続く登りで、いささか気が滅入る。右手にもう1本の林道を合わせる。 たまにタクシーや作業用の車が行き来する。駅から1時間かけて、ようやくT字路の水呑沢につく。左折して少し行くと水がちょろちょろと流れている。 上を見ると一面の植林の山肌の中に、落葉樹の一角がのぞいていて、そこはやけに紅葉がきれいだ。南の地域だから紅葉の進みもやはり遅いのであろうか。 しばらくは頭上がやや開けたものの、再び鬱蒼とした杉林帯となる。結局佐野峠に着くまで、ずっと舗装車道であった。佐野峠にはあずまやと解説板、トイレ、駐車場がある。 富士山方向は厚い雲に覆われている。どうやら富士山は雪でもふっていそうだ。富士山どころか、手前の長者ガ岳までが雲を被っていて、あの稜線を今日は歩いていなくて良かったと思う。毛無山や天子ガ岳・長者ガ岳の再訪も考えていたからである。 天気予報はよかった今日日曜日、いろいろな山に皆は登っていたと思うが、富士山を見れた人はいるのだろうか。 佐野峠を後に、少しだけ雑木林の中の登りとなるが、すぐに左側は桧林に。木の階段がわずらわしい。 林道終点を過ぎて、緩いアップダウンを越えるとあたりが開け、ベンチのある思親山頂上となる。 木々を透かして富士川流域の町並みがのぞき、南側ははるか遠くに、南部町あるいは富士宮の市街地も見渡せる。 しかし富士山はいまだに分厚い雲の向こう。期待した南アルプスの展望も桧林越しでよく見えない。思親山は富士山が見えてこその山、と言っては地元の人に申し訳ないだろうか。 そのうち青空と太陽も雲の中に隠れてしまい、急に寒くなる。今日は下部温泉に泊まるのでこれで下山し、日のあるうちに行動を終えようと思う。
ここから内船駅に下る手もあるが、また林道歩きになってしまうので、当初の予定通り井出駅へのコースをとることにする。 井出駅は各駅停車しか停まらないが、富士宮駅に戻って折り返し特急に乗るようにすれば、長く歩けてかつ日のあるうちに下部温泉に着けるのである。 佐野峠から山頂~井出駅へのコースは東海自然歩道としてよく整備されている。相変わらず植林帯の道だが、山道は意外と足に優しく、柔らかい感触を感じながら歩ける。 たまに出会う自然林は紅葉し、赤やオレンジの色づきがいい。植林が多いのでよけいに鮮やかに感じる。 相之山と呼ばれるピークを過ぎたところは、東南面が伐採されて展望が開ける。頂上より眺めがいいくらいだ。 内船駅への道や林道を横断しながら、どんどん南下する。やがて車道に出会い、車道と山道を出たり入ったり、そのうちに八木沢集落の最上段の民家脇に下りる。茶畑と田舎の民家の風景が郷愁を誘う。すぐ下に源立寺があった。 ここからは車道を辿って井出駅に下るだけだ。電車の時間を気にしつつ、少し急ぎ足で下る。井出駅は小さな無人駅だった。 身延線は、海に近い町のイメージがある富士駅と、山間の盆地である甲府駅を結んでいる。そのため、南北に伸びるこの路線を行き来すると、海沿いと山間地の気候の違いがよくわかる。 富士宮駅や井出、内船駅付近はどちらかというと暖かだったが、1時間ほど先の下部温泉駅に着くと、まだ14時台で日もあるのに肌寒さを感じた。身延線は遠くに来た気分にさせてくれる列車である。 下部温泉の湯元ホテルに泊まる。昔懐かしい温泉街の雰囲気をよく残しているこの地には、昨年5月の毛無山に続き2年連続の訪問である。 信玄の隠し湯として知られた下部温泉は、泉温約30度のぬる湯が特徴的だ。湯元ホテルにも普通の温度の浴槽より大きなスペースをとってぬる湯の風呂が用意されている。最初は冷たいが、15分も入っているとポカポカしてきて、普通の温度のお湯では味わえない、実にいい気持ちにさせてくれる。 高浜虚子や井伏鱒二など昭和初期の歌人・文人も、のぼせることのないこの湯に好んで長湯をして、アイデアをはぐくんだそうである。 |