道志山塊の主峰、御正体山に登る。14年前に一度登ったきりだが、山頂付近の豊かなブナ林は印象に残っている。
岩下ノ丸の「こぶこぶ」ブナ [拡大]
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今回は道坂峠からの登山道を歩いてみる。この道の様子が書かれた山行記録は意外と少なく、薮っぽい道であること以外あまり情報がない。道志山塊はもともとブナの多い山であるし、道坂峠からの道は標高的にもブナが多いのではないかと考え、期待して行った。
都留市駅からバスで終点の道坂隧道で下車する。トンネル横の登山口から登り始める。尾根に出たところは右は御正体山、左に行けば今倉山となっている。バスに乗っていた数人の登山者は皆今倉山に向かったようだ。
御正体山へは、檜の植林と雑木林が混ざった道が続く。地面にたくさんのクリが落ちており、大半はすでに中身が食べられていた。山の中のクリの木は自然に生育しているのもあるが、栽培しやすいため他の樹種に比べ人間が植えたものの割合が多いようだ。
道は次第に腰ほどの笹が繁茂しはじめる。雨上がりでガスも濃く、ズボンがずぶ濡れになった。左側がやや開けるが、乳白色の眺めのみだ。
1226mの目立たないピークを過ぎる。このあたりは広葉樹を含め造林地として使われている森ののようで、クリのほかスギ、ヒノキ、アカマツ、カラマツといった木が目立つ。一方でミズナラ、モミ、シデ類といった深山の樹木も見られる。
ブナは見当たらない。道志山塊は丹沢や箱根山地の流れを引き継いで、もともとはブナなど深山に見られる広葉樹の豊かな山だったはずだ。しかし丹沢に比べれば地形は穏やかなので登りやすく、木材生産の現場として古くから使われていたのだろう。いくつもの峠道が発達して人の往来が多く、切り開かれた山という印象が強い。下部にカヤトの斜面が多いのもそうした経緯があったことを連想させる。
岩下ノ丸への登りとなり、ようやくブナとの対面となる。アガリコのようなコブコブのものもあった。岩下ノ丸は半分が檜林の中。ここから先もヤブっぽい道が続き、ブナやミズナラ、モミなどは時たま見られる程度である。地衣類や苔をたくさんつけた樹皮は一見ブナにも見えるが、ほとんどはハウチワカエデなど他の樹種だった。
花は秋の花自体も少なく、ヤマトリカブトやシラヤマギクをときどき見る程度だ。そのうち、テンニンソウの群生があった。地味な花ではあるが、これだけ固まっていると見栄えがする。
ガマズミの赤い実、種類はわからないが黒い実、それにキノコも多い。地面には形・色とりどりの笠、樹木の幹にもたくさん貼りついている。暑い夏の日が続いたが、山の上では季節がしっかりと進行していた。
距離が長い割には標高がなかなか上がらず、山の深さが感じられない。立ち木に「牧ノ沢山」と書かれたテープがついているのを見る。地形図上の牧ノ沢山はさらに先にあり、このあたりから再びブナが多く見られるようになった。松かさ状の実はヤマハンノキだろうか。
岩下ノ丸から約1時間半、少し下って白井平分岐に着く。ここからようやくまともな登りとなる。直線距離860mで高度330mを登る。イヌブナをこの標高で初めて見た。根元にひこばえの若葉をたくさん出している。ここまで気がつかなかっただけなのかもしれないが、ブナより高いところでこれだけ集中しているのは不思議である。
そんなこんなで、一見単調で飽きがきそうな長い登山道も、いろいろ注視すべきものがあった。傾斜が緩むと周囲はさまざまな樹種の大木の森となる。御正体山は信仰の山であるがゆえ、山頂付近はやはり禁伐地として保護されてきたのだろう。にわかに原生林の雰囲気が出てきた。ひときわ太いブナが鎮座している。幹周りを計ってみたら330cmだった。
登山口から3時間半、12時も過ぎてようやく御正体山山頂に着く。周囲をモミ、イタヤカエデなどの樹林に囲まれ眺めはない。奥多摩や丹沢、大菩薩などどこからもよく見える御正体山だが、ご本存は展望のために木を伐られることも許さず、原生林の山であり続けることを静かに誇示しているようだ。
三輪神社方面に下山する。ブナがたくさん出てくる。道坂峠からの道と違ってこちらは御正体山の参道として歩かれてきたため、昔からの自然がよく保たれているということになるだろう。
ここのブナ林はなかなかは見応えがあり、直径1mの巨木が多いが倒木もあちこちにある。その一方で30~50cm程度の壮年樹が固まっており、太さを樹齢に単純に置き換えると、この森のブナの樹齢層は大きく見ると二層に分かれており、その間がないように思える。
峰宮跡で池の平ルートが分かれる。池の平から御正体神社~砂原に至る道は表参道で、いわゆる「プリンスルート」でもある。色々な山行記録を読むとこのルートこそ御正体山で一番楽しめそうな登山道のように思える。が、林道歩きが長いのが難点だ。
三輪神社への下りは直線状の急坂が続き、スリップ防止のため何箇所かで長いロープが垂れ下がっていた。左折して開けた場所に出ると、すぐ下が舗装車道になっていた。登山口に下り立ち、三輪神社ルートはあっけなく終わる。
以前登りに取った時は車道歩きは30分ほどだった。ここの車道が延伸されたということは知っていたが、まさかこんな標高1000mを越すところまできているとは思わなかった。
車道沿いは今も治山工事が行われており、トラックも上がってくる。ゲートを通過して麓の三輪神社まで1時間近くかかった。登りだとかなり長い車道歩きになる。
神社の下は県道で、御正体入口バス停でバスを待つ。谷村町駅入口の手前で下車し銭湯に寄っていくことにした。
御正体山は道志山塊の代表格であり、充実したブナ林歩きができるかと思ったが、登路の道坂峠からの道がやや期待はずれだった。山頂から峰宮跡の間のブナ林は重厚だったにしても、日本ブナ百名山に選定している山として今日のルートは物足りない。
道志山塊の代表である御正体山も、林道延伸や開発エリアの拡大により、昔からの原生の森が残されているのは山頂周辺のごく限られた範囲になっているのかもしれない。三輪神社ルートが車道を歩く距離が長くなってしまったので、道坂峠ルートは車道歩きがまったくないのが利点とも言えそうだ。
前回歩いた山中湖方面に下るルートはブナの大木が多かったし、未踏の池の平ルートもある。ブナ名山の確認山行として、新緑のきれいな時期にもう一度登ってみたいものである。