赤杭(あかぐな)尾根から川苔山に登り、大丹波林道下山は春先にいいコースである。東京都心の桜も満開を迎えずいぶん暖かくなってきた。1000mを越えた山でも雪は大方消えただろう。
赤杭尾根の中腹は自然林の明るいなだらかな道が続く |
古里(こり)駅で下りる。御岳山や大塚山周辺のカタクリやイワウチワも咲き始めたようで、それを目当てに青梅街道を横断していくハイカーが多い。自分は北側の山に向かって歩く。集落の上部からはいい眺めが広がる。コンクリートの石段を上がるとすぐに登山道となる。
植林帯を歩いていてここは初めて登る道だな、と気がついた。下りでは数回歩いていても、登りが初めてならそれで初めて歩く感覚がある。登りと下りは山歩きでは別ものである。足がそう覚えているから不思議なものだ。
なお、赤杭尾根は登りにとったことも何度かあるが、いずれも古里駅からの正規ルートではなく、別の尾根から取り付いていた。
尾根に上がり、植林帯の中のトラバースでは路肩が崩れた危険箇所がある。トラバースではなくて尾根筋を直接行く道があってもいいのではと思う。
そこを過ぎると、あとは歩きにくいところもない登路である。尾根の背を歩くようになると、左下の谷間に見える採石場から、工事の音がやかましく響いてくる。砕石の現場は年を追うごとに広くなっているようだ。
道が尾根の右側を回り込むようになったとたんに、音はピタッと止んだ。ついさっきまであれほど大きな音が鳴っていたのに、ひとたび尾根を隔てるようになると全く聞こえなくなる。山や尾根は強固な防音壁となる。谷底で遭難してしまうと、いくら大きな声で助けを呼んでも、尾根の反対側にいる人には絶対に聞こえない。そういうことがよくわかる。
高度を上げると背の低い笹の茂った自然林の尾根となり気分がいい。赤杭尾根の中腹には、鳩ノ巣コースにはないいい場所である。赤久奈山の少し先で西側の眺めが広がり、春霞の中大岳山、御前山がぼんやりと浮かんでいた。
登山道がいったん途切れ、ダートの林道歩きになる。15分くらい歩かされ、登山道に戻るとジグザグの急登が始まる。この付近の鞍部は以前、カタクリやアズマイチゲが咲く場所だったと思うが、今日は花芽さえも見つけられなかった。林道が通ったことも影響しているのか。伐採が入ったり、人工物が出来ることで周辺の日射量や風向きも変わるだろうから、植生が変化しても不思議ではない。
防火帯はところどころで木が切られ、切り株状となって残っている
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伐採跡が |
ハナネコノメ。花の大きさは米粒程度(大丹波川沿い)
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ハナネコノメ |
大丹波川沿いの高巻き道には、ところどころで木の桟橋がかけられた
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桟橋が付く |
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ダンコウバイ |
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エイザンスミレ |
上日向から川井駅まで40分ほど。山村風景を眺めながら歩く
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里の風景 |
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エビ小屋山下の鞍部で、ふたたび尾根に出る。いつしか採石場からの音も聞こえなくなっていた。防火帯の尾根を登っていく。
雲が増えて青空の面積が狭まってきた。このあたりは檜の植林が目につく。中継道を使って鳩ノ巣コースに移り、マンサクの木の多い自然林を登ってみても面白いところだ。今日はこのまま赤杭尾根を詰める。
石に山名が書かれた曲ヶ谷南峰を越え、曲ヶ谷北峰に立つと目の前に川苔山が現れる。主稜線にはマンサクが咲き残っていた。その先の小屋跡で鳩ノ巣コースを合わせる。小屋は完全に解体され、木切れのみが積まれていた。
斜面にわずかに残った雪を見ながら、川苔山山頂に到着。奥多摩の山々が一望されるが、雲厚く富士山の眺めはない。山頂には若い女性のグループが何組もいて、5年くらい前と比べると隔世の感がある。
肌寒い山頂だが、久しぶりの1000m越えの地に腰を下ろして、しばらくの間山の雰囲気を味わった。
北の都県境尾根へ歩を進める。防火帯となっていて見晴らしがいい。振り返れば川苔山が形よい三角形を示している。しかし、樹木が何本も切られ、防火帯の脇に積まれているのが気にかかる。ミズナラなどの落葉樹も切られて切り株になっている。
これは尾根の日当たりをよくするために切ったのか、それとも防火帯としての役目を果たすために切られているのか。何か理由はあるはずなのだがはっきりわからない。
横ヶ谷平の分岐に来たが、今日はもう少し足を伸ばして踊平まで防火帯を歩く。三ツドッケや蕎麦粒山の眺めが素晴らしい。やがて川苔林道が下に見えてきた。10年以上前にはなかったもので、稜線近くまで林道が延伸されてきてしまったのは残念だ。しかし地元の事情もあるのだろうから仕方のないことだろう。
踊平からは急坂を下る。落ち葉が深く積もり、木の根も多く張り巡らされているので思った以上に歩きづらい。はっきりした沢筋を歩くようになるまでは、赤テープを頼りに進む方向を見い出さねばならなかった。登山道の整備された奥多摩ではあまりないことだと思う。
やがて標高も1000mを切り、わさび田が見えてきた。北斜面にはまだ雪が残っている。深く積もった落ち葉の下にも積もっているのでうっかりのスリップにも注意して歩く。獅子口小屋跡からはっきりした沢沿いの道となる。高度を下げて気温が上がってきたのがわかる。木の橋で沢を何度も渡り返す。ハシリドコロの葉がモサモサと生えている。少し先に行くと花を付けているのもあったが、ニリンソウはまだ葉だけだった。思ったより季節のペースは進んでいない。
林道に上がる最初の分岐は、林道崩落のため今でも通行禁止だ。再び沢沿いに戻る。標高700mくらいまで降りてきている。ようやくハナネコノメを見ることができた。ハナネコノメは咲いて時間が経ってしまうと赤や黄色のしべが落ちてしまう。2色とも残っているのを探すが、黄色は早く落ちてしまうのか、なかなかいいのがない。写真を撮るのに30分くらい時間を費やしてしまった。
大丹波林道に出て、あとは林道歩きである。アブラチャンやダンコウバイ、キブシ、フサザクラと木の花は出揃った。川向こうのの山肌を見るとうっすら芽吹き色になっているところもある。
バスの時刻は、と時刻表を確認したら、しばらくバスがない。上日向からの午後の便は13時9分の次が16時54分。4時間近くも間があいている。バスは諦めて駅まで歩くしかない。そういえば数年前にも川苔山から下ったあとに歩いたことがあるが、その時は川乗橋までバスで上がってからの登山だった。今日は駅から駅への超長丁場になりそうである。
民家の庭にはスミレやミツマタなどが咲いていて気が紛れる。また、釜めしや瀟洒な料理店もあって、田舎の里道にしては不思議な光景もある。川井駅着は16時半となった。充実しすぎた1日だった。