奥多摩の山の中で、一番奥多摩らしいのは御前山だろう。山の雰囲気や深さ、静かさが奥多摩らしいのだ。
自分が登山を始めた1990年代後半は、山はまだ歩く人もそう多くなく、富士山や谷川岳のように、登山者が行列を作るような人気集中の山も少なかったように思う。そんな中でも御前山は特に静かな山の代表だった。
今回は藤倉から登り、小河内峠を経由する計画とした。紅葉は少しでも進んでいるだろうか。
御前山山頂
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早朝、武蔵五日市駅からのバスで終点の藤倉へ。谷あいの小さな集落で、朝霧に包まれた佇まいにはどことなくチベットや中国などの山村の雰囲気もある。
舗装道路を上っていくと眺めの良い高台に出て、登山口に導かれる。春日神社があり大きな杉の木と、トロッコ型のモノレールが敷かれている。この上に住んでいる人が生活の足に使っているそうで、一般の人が乗ることはできない。
やがて明るい雑木林の登山道となる。小林家住宅を示す看板が出ている。小林家住宅は檜原村の観光スポットのひとつとなっており、何と言っても「国の重要文化財」である。
住宅の看板の示す方向は御前山と同じだが、途中から分岐する。遠回りになるのも嫌なので、そのまま登山道を行く。ただ上の方でその住宅からの道が合流してきたのて、それほど遠回りすることなく寄れるのかもしれない(この登山道とは別に、藤倉の林道から山岳モノレールを使って、小林家住宅へ行けるそうである)。
普通の人家が2軒ほど、登山道わきに建っている。もちろん空き家ではない。ここまでかなり登ってきており、周囲は完全に山、典型的な山上集落である。こんなところで今も生活しているとは驚きである。近くにはカシワやクリ、カキノキなど馴染みの深い木がたくさん立っていた。
杉、ヒノキの人工林帯になる。静けさがさらに際立ってくる。きれいな林だが、間伐された木が地面に放置されている。それでも水源涵養保安林の看板が立っているので、名目上は「適切に維持管理された優秀な森林」ということになる。人工林は材として使われてこそ存在意義がある。人手不足や、伐採木の搬出コストに比べ木材価格が見合わないなどいろいろ問題はあるのだろう。経営をなんとか立て直して継続してもらいたいものだ。
猿江分岐から少し行ったところに石碑があり「陣馬尾根 中ノ平遺跡」と書かれていた。この付近全体に縦穴式住居跡が発掘され、およそ7,8000年前のものと推定されたそうだ。
雑木林に入るとリョウブ、マンサク、エンコウカエデ、ウラジロノキ、コハウチワカエデ、ウリハダカエデなど多種多様な樹種が現れ、観察しているとなかなか先に進めない。イヌツゲの木もあった。
長い分、緩やかで歩きやすい道が続いてきたが、だんだんとアップダウンや山腹のトラバース道が多くなり、やや険しさが出てきた。ザレて道形が消えている斜面は慎重を要する。コブを越えた先が小河内峠のようだが、斜面のヘツリ道が続いたため、意外と時間がかかった。
小河内峠に着く。昔は人の往来がかなりあった峠と聞く。奥多摩町がまだ古里、氷川(現在の奥多摩駅付近)、小河内の3つの村だった頃、小河内の人々は氷川よりも五日市の方と交流が多くあったそうだ。氷川との間は岩盤が硬くて、歩き良い道が作れなかったようである。五日市へは歩きやすいこの小河内峠越えの道を使ったのだろう。その後、土木技術の進歩により氷川への良い道路が建設されると、この峠道を歩く人は少なくなっていったそうだ。
防火帯の尾根を進む。右は人工林、左は雑木林で、雑木林はクリ、クマシデ、カエデが多い。クリは奥多摩の他の地域同様、食用として植えられたものの名残だろうか。クマシデは種子が枝にたくさんぶら下がっていて、ちょっと見にはミノムシが大量発生したかのようだ。
ブナと思われる大木もあったが、近づいてみるとどれもイヌブナだった。
少し高度を上げると、木々の葉は若干色づいたものが目立ってくる。だが歩く人はあまり見かけない。静かな山の代表も、春先はカタクリを見に多くの登山者が訪れる。自分も20年近く前、カタクリを見に来て、大混雑の山頂を目にした時は絶句した。
高度を上げ、ガレ場の急登を済ますとソーヤの丸デッコだ。月夜見山から三頭山にかけての稜線が見渡せるが、木の枝越しに見える奥多摩湖の色が気になった。下山の時改めて確認する。
惣岳山に着くと登山者が数人。奥多摩湖からのコースを使う人がやはり多い。木々はようやく色づいたものが見られるようになってきた。けれど日が差さず寒い。ガスが周囲に舞い、霧雨のようなものも落ちてきた。
山頂に向けて歩き出す。カエデの紅黄葉が目立つ。オオイタヤメイゲツだろう。ただ、まだ緑の葉も多い。
尾根の肩の展望地は木が伸びて、ずいぶん見通しが悪くなってしまった。もっとも、富士山はこんな天気なので見れない。北側の秩父、奥武蔵方面は眺めが効く。
御前山山頂。カラマツに囲まれた場所だが、北側の樹林が伐られ、以前に比べて眺めが広くなった。鷹ノ巣山、七ツ石山方面がよく見える。
静かな山の代表でも人がそこそこいるのは、ちょうどお昼時だからだろう。地味な山頂でも開放感があり、ゆったりできる。
来た道を戻って惣岳山、そのまま直進。大ブナ尾根で奥多摩湖へ下りる。ゆったりした山容に似合わず、この道は急坂が多い。過去にけが人も出ている。
急坂続きという訳ではなく時々傾斜が緩み、そういう所は本当に歩きやすい、気持ちの良い道である。クマシデのミノムシが、こっちでも大量に見られた。
片側に人工林を見るようになると、大きなブナの木が目に入った。イヌブナではなく今度はブナである。
大ブナ尾根とは名ばかりで、御前山の登山道でブナを見ることはほとんどない。藤倉道や小河内峠からの登りでも見なかった。今日初めて見たブナは直径50cmは軽く越えていそうな大木で、これがもしかしたら尾根の名前の元になったのかもしれない。昔はたくさん生えていてのだろう。
大木からもう少し進んだところにもう1本ブナがあった。
サス沢山に登り返す。泥濘色をした奥多摩湖が全貌を現した。これはひどすぎる。水かさはそれほどでもなく湖面が低い。それがかえって、色の異常さをよけい際立たせている。
今までは、少しくらい大きな台風や大雨で湖面が茶色くなっても、数日のうちに元に戻っていたと思う。今回の台風19号が関東地方に与えた影響は計り知れない。
落っこちるような急坂をこらえて下り、園地に降り立つ。奥多摩湖に出ると観光客で結構な賑わいになっている。奥多摩湖バス停からのバスは臨時便が出ていたので、予定より早く奥多摩駅へ戻れた。