伊豆ヶ岳や正丸尾根は、一般には東側の西武線正丸駅から取り付くことが多いが、西側からも古い道がある。かつての秩父の人々は、江戸へ物を売りにいくために峠越えをした。
旧正丸峠に初めて訪れたときから気になっていた初花(しょはな)からの道を、今回は歩く。
正丸尾根の紅葉 |
正丸駅の次、芦ヶ久保駅で下車。山肌の木々もそろそろ色づき始めている。国道に下りがバス停前で30分後のバスを待つ。山里の朝の大気は冷たく、じっとしていると寒くなってくる。
松枝行きのバスに乗る。「初花」で下りるつもりだったが、そんな名前のバス停はなかった。「処花」というバス停があったので、読み方は同じようなので慌てて下りる。下りるバス停を前もって調べていなかったのは反省点だ。
処花バス停は正丸トンネルより200mほど手前で、やはり下りた場所が少し手前だった。さらに県道を歩く。トンネルの横を過ぎて次のバス停「長渕」まで来ると左手に民家が一軒。その手前に大きな石と並んで、旧正丸峠入口を示す標識が立っていた。この南沢林道に入って行く。
沢の流れる静かな道だ。入ってすぐ左にある細長い家は、昔は旅籠だったようである。
やがて右手の斜面に大木とともに石標が立っているのが見えてきた。「追分の道標」と呼ばれる史跡である。右に分かれていく山道は昔の「名栗街道」で、青梅・八王子方面に通じているとされる。山伏峠を経て、生川沿いに妻坂峠を越えていくものだ。自分がこれから歩く旧正丸峠越えの「秩父街道」との合流点となっている。
堰堤を左に見ながら緩やかに登る。林道終点にはベンチがあった。ここからは右手の斜面を登っていく。規模は小さいがカタクリの群生地になっており、木の杭に沿って遊歩道が設置されていた。
登山道に入ってからも急なところはなく、至って穏やかな道である。路肩の弱いところもあるが登山道自体は明瞭だ。左右を山に囲まれた谷間ルートではありながらも周囲は明るい。
奥武蔵の山は総じて谷が浅く、朝早くても日差しを受けながら歩けることが多い。ユガテやコワタなど、山上集落が多いのもうなずける。この開放感は奥多摩や会津など、他の山域の谷沿いの道では感じられないものだ。
そして進む先には早くも正丸尾根の稜線が見えてきた。以前峠から偵察の意味も込め少し下ってみたことがあるが、その時に歩いた場所にもう到達しているようで、見覚えのある登山道になってきた。
低い笹が現れ、ジグザグを2,3度切って旧正丸峠に到達する。
いつもながらの静かな峠。正面は正丸駅に下る道で、左右に正丸尾根が伸びる。左(北)に進む。
このあたり、尾根通しの樹林は大方葉を落としており、標高700mの山にして早くも冬木立の様相だ。気温の低い日が続いていたのでこんなものかと思っていたが、少し歩き続けると紅葉したカエデやミズナラが見られるようになる。さらに、サッキョ峠と越えて虚空蔵峠への下りに入ると緑の葉を多く残した木も多く多くなってきた。
正丸尾根はいつも、冬や早春に来てばかりいた。緑にしろ紅葉にしろ、葉のある時期に歩くのは今日が初めてかもしれない。奥武蔵にしては落葉樹林の多い尾根なので、季節の移ろいの感じられる、いい登山道である。
車道を少し歩いて再び山道へ。昔スキー場があったという低木帯の台地から牛立久保へ。日差しが紅葉に当たりキラキラと輝く。刈場坂峠への道を分けて大野峠方向へ進む。自然林を透かして晩秋の山や里の眺めが開ける。正丸尾根を取り巻く登山道の中で、特に気分のいい場所のひとつである。
その後、奥武蔵グリーンラインの車道をまたいだり、そのすぐ上に通る山道を歩く。このあたりは植林下であまり面白くない上、岩場や倒木が多く歩きにくい。カバ岳からしばらく歩いて、車道に戻ったところが大野峠である。ここまで誰にも会わなかったのに、にわかに賑やかになってきた。
この上にある850m点を目指し、急な階段道を登っていく。上から軽装のハイカーがどんどん下って来るが、普通の団体さんでもないようだ。北面が大きく開ける850m点に着く。青空だが低いところはもやっていて遠くの山は見えない。ここも多くの人が腰を下ろしていたので、自分の休憩場所はこの先の丸山にする。
奥武蔵山域では珍しいカラマツ林も見ながら、緩やかなアップダウンの道を行く。「下から登ってきたんですか?」と意外な質問を受ける。どうやらこの大集団は鉄道会社主催のハイキング企画で、丸山直下の駐車場までバスで上がってきたようだ。
数えたわけではないが、総勢200人くらいの人とすれ違った。こんにちはの挨拶も大変である。主催者の手際がよいのか、適当にばらけて歩いているので渋滞にはならない。
それにしても、少し前まではこのような団体ハイキングの参加者はほとんどが中高年だったのだが、最近は若い人も大勢混じっている。山は年配の人から若者、ひいては子供まで、実に幅広い年齢層の人たちの趣味になったようだ。
アンテナ施設の横を抜けて丸山山頂に到着。展望台に上がると真正面の武甲山を始め、両神山や甲武信岳、御荷鉾山など広い眺めが得られた。
武甲山はやはり大きい。文明のために削られてしまってもなお、奥武蔵を代表する山である。賑わう山頂でしばらく休憩する。
丸山まで来たら、やはり西の尾根を歩いて秩父四番札所の金昌寺まで歩きたい。新木鉱泉のお湯にも惹かれる。下りの道に入ってもなお、どんどんと人が登ってくる。普段あまり山に登らないような人もいて、ハアハアいいながら登っている。森林館ではキノコ汁の出店が営業していた。
その先しばらくは、自然林の多い気持ちのよい尾根歩きとなる。カエデなどの紅葉も楽しめるが、少し高度を落とすと緑が優勢になった。
新緑時もよさそうだが、変化に乏しい長い尾根で展望が得られるところもないため、単調な面はある。すぐに登って下れる奥武蔵の山の中では、異質な存在のコースではある。
野外活動センターへの分岐を見て、さらに西進。右手に二番札所真福寺に下る尾根も見えている。やがてはっきりとした下りとなり、植林のジグザグを淡々と高度を落としていく。
鹿よけのネットを開け閉めして通過すると、ほどなく金昌寺の墓地に出る。マリア観音のある境内でお参りし、車道に下り立った。長い距離を歩いたがそれほど疲労もなく、充実した山行だった。
交通量の多い国道を横切って少し歩くと新木鉱泉である。つるつるとしたお湯は極上で、露天風呂も気持ちいい。秩父の温泉の中ではいち押しである。
入浴後金昌寺バス停から帰ることにする。秩父の市街地を歩くと、山里の匂いにほのかなお香の香りが混ざって、心が落ち着く。
バスは30分ほど遅れてやってきた。夕闇迫る中、西武秩父駅から電車で帰る。