奥多摩の山も積雪量がずいぶん増えてきたようだが、今日は奥武蔵の低い山へ出かける。
官ノ倉山は小川町駅から歩いて登れる山で、もともと低山の多い奥武蔵山地の中でもさらにその前衛の、関東平野との境界にある丘陵地帯といったほうがいいような場所にある。7年前に歩いた外秩父七峰縦走では、石尊山は登ったがこの官ノ倉山山頂は通過しなかったので、ずっと登り残していた。まだ歩いていない三光神社からのコースを登路にし、少しマイナーな臼入山まで縦走してみる。
さらに、これだけでは少し物足りないと考えていたので、近くの金勝山にも寄っていくことにする。
官ノ倉山山頂から、小川町の丘陵地帯を見下ろす。遠く赤城山も見える
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小川町駅から東武鉄道をひと駅だけ乗り継いで、東武竹沢駅に着く。七峰縦走のもうひとつの出発地点になっている駅で、駅前は広場になっている。ただ小川町駅に比べると人の姿もまばらで、静かな山間の駅という印象だ。
八高線の踏み切りを渡り、そのすぐ先で国道254号を横断。住宅地に入ると道脇に石仏や馬頭観音が佇む。奥武蔵でおなじみの風景だ。しばらく車道を歩くうち、前方に山が見えてくる。稜線はどこも黒々としていて、雪はなさそうだ。
住宅地はしだいに山里に変わっていき、両脇に農地が広がった。このあたりは住宅地と豊かな自然が隣接している。三光神社で道は左折する。この神社は鎌倉幕府時代の豪族、竹沢氏により建立されたと伝えられるもので、社に覆いかぶさるような杉の大木が印象的である。現在この一帯に竹沢という地名はないが、駅名や学校名として残っており、「竹沢○○店」という屋号の商店も多いので、この土地の昔の呼び名なのだろう。
山に近づくと小さな池が現れた。天王沼で、池のほとりからは、官ノ倉山の山頂部が望まれた。杉に囲まれた登山道を登っていく。今日初めてのまともな登り坂だが、すぐに上部の稜線が見えてきた。さてがんばるぞ、と気合を入れ直す前に、あっけなく官ノ倉峠に到達する。ここも植林下の静かな場所だ。
官ノ倉山山頂へは、左の斜面を登る。指導標は不思議とそちらを示していない。5分ほどの急坂を登ると樹林から抜け出し、明るい官ノ倉山山頂である。少し木が伸びてはいるが、全方位の眺めがある。北側には広々とした関東平野の先に赤城山や奥日光の山が堂々とした姿。さらに上越の山もかすんで見えた。
反対側には笠山、堂平山、大霧山の比企三山が揃い踏みしていた。笠山の北斜面はかなり白くなっていた。笠山も標高700mの低山なのだが、ここ300m台の地から見ると、立派な形のいい山ということがよくわかる。目をやや下に落とすと、これから行く臼入山への稜線も見える。杉林はすでにオレンジ色を帯びて花粉が今にも飛び始めそうだ。
石尊山は進行方向と反対側にあるが、せっかくなので立ち寄ることにする。急坂を下って尾根筋を少し歩くと、祠のある石尊山山頂に着く。やはりこちらのほうが開けていて眺めがいい。こちらの山頂には少し雪が残っていた。そして来た方向に目をやると、てっぺんだけ木が切られている官ノ倉山の姿が、少々奇異に映る。
臼入山へ歩を進める。官ノ倉山に登り返して来た道を戻るのもあるが、いったん安戸方面への下山路に入って登り返す道をとった。ある程度標高を落としてしまうがたかが知れていて、ほどなく官ノ倉峠から下りてくる道が合わさってきた。ここは七峰縦走のとき、小川町駅コースと東武竹沢駅コースとが合流する地点である。7年前のその時はここで大渋滞になったのを思い出す。何しろ7000名もの人が1日でここを歩いたのだから。
その道を登り返し、再び官ノ倉峠へ。臼入山方面へははっきりとした登山道がついているが、指導標は指し示していない。杉林下を歩いていくとさっそく小さなピークへの登りとなる。以後もアップダウンが間断なく繰り返されていく。巻くことはなく、道は常に稜線上にあり、歩きやすい。ただ、杉林がずっと続くのでこの冬期でも眺めはあまり期待できない。まあ奥武蔵山域の標高300m付近となれば人の手も当然入りやすい範囲でもあり、杉の植林が多くを占めるのも無理はなかろう。各ピークには不動沢ノ頭、烏森山、天の峰などテープや小さな木切れで名前が記されていた。
やがて周囲は竹林となる。登山道で竹を見るのは珍しいほうである。そういえば、今日は車道を歩いているときもところどことで竹林が茂っているのを見ていた。竹沢というこの地域の呼び方と何か関係があるのだろうか。
竹林はこのような冬枯れの森の中ではひときわ明るく、しかも杉の植林から抜け出したところにあると、緑色がいっそう瑞々しく目に眩しい。
その先で尾根の北側が開け、霞み気味ながら奥日光の山が眺められた。右手から上がってきた林道が尾根を切り通し、その林道を横断する。明るく開けた尾根道では残雪を少し踏む。
程なく樹林帯に戻ってさらに尾根歩きが続く。臼入山は標高400m台なので、こちら側から歩くと全体的には登り勾配となる。周囲は檜が目立ち始める。濃緑の常緑広葉樹はサカキであろうか。「臼入山へ5分」の手書き表示があり、雑木林混じる中を登っていく。いったん鞍部に降りてから登り返すと、ようやく臼入山山頂に着いた。
木の枝越しに登谷山の牧場が覗き、北側の眺めも少し得られるが、樹林の中の静かな山頂である。日が翳り冷えてきた。食事をしていたら、自分の歩いてきた方向から一人登ってきた。ここでは誰にも合わないと思っていたのでびっくりだ。
その人は東秩父側に車を停めているそうで、おそらく安戸から登ってきたのだろう。写真を撮ったら休憩せずに奥沢バス停への道に下っていった。
自分は竹沢駅側に下山路をとる。臼入山山頂からはさらに北西側に道が伸びていて、これを行ってもよさそうなのだが、予定通りさっきの鞍部に下ってみる。北に下りる踏み跡があるはずである。
さっきは気づかなかったが小さな木のプレートがかかっていて、「林道へここを下る(5分)、JR竹沢駅へ」と書かれていた。これにしたがって北の斜面を下る。
しかし踏み跡は薄く、まもなく倒木が行く手を阻んだ。これを乗り越え、その先のはっきりしない踏み跡を拾う。が、さらに大規模な倒木。谷筋なので踏み跡側に木がみな倒れてきており、通過には大変な体力が必要だった。
どうにか足の踏み場を見い出し下る。林道へは20分以上かかってしまった。木をまたいでいるうちに、すねが何度も木に当たって、久しぶりに傷だらけになってしまったようだ。
このまま林道を行ってもよかったが、途中で山道の入口があったので再び入る。今度は尾根筋になっているので踏み跡も明瞭。標高を落とすと雑木林になって明るさが増した。やがて左右に車道や民家が見えてきたので、そろそろ登山道を脱しようと思ったがなかなか出口がない。何しろ地図にも書かれていない道なのでしょうがない。車道との高低差がなくなってきたところを見計らって斜面を下りた。
民家と畑に囲まれた車道を歩いていく。雪もなく、暖かな日差しが少し戻ってきたが、回りはまだ冬の姿だ。進行方向にはこれから登る金勝山が形よい。国の指定重要文化財の「吉田家住宅」があったので立ち寄ってみる。埼玉県の最古の民家ということらしい。だが現在萱葺き屋根の葺き替え工事をやっていて、青いビニールシートで半分隠されてしまっているのが残念だった。
国道を横断し、さらに八高線の踏み切りを渡ると金勝山の南登山口に着く。すぐに登山道となり、小川町げんきプラザへ上がる道を分け、金勝山に直接登る右の道に入る。金勝山は子どもでも登れる、ファミリーハイキング向きの山として地元に親しまれている。登山道も遊歩道といっていいほどのものだが、あちこちに分岐があり、もともとあまり調べてこなかったのでどっちに進むか迷うところが多い。山頂は正面の稜線上にあるが、手前にもう一本の尾根道があるようだ。
臼入山と違って落葉樹の明るい林を登り、金勝山山頂に到達。山頂と言ってもここは200m台。今日は標高200m台から400m台の山まで、低山の王道をいっている感じだ。山頂は若干木があるものの眺めはよい。げんきプラザの銀色の建物や、比企三山の稜線もよく見える。北側に見える、ソーラーパネルのすごい巨大な工場は日本の代表的な自動車会社のようだ。
小川町や寄居町は企業の誘致に熱心であり、山頂から麓を眺めると、とてつもなく大きな建物が見えることがある。また、県の産業廃棄物処分場や再生工場も多く建っている。今日山頂からあちこちに見えた煙突の煙はそういったものだろう。奥多摩の日の出町あたりでも、低山を歩くとその類の建物を間近に目にする。いい意味でも悪い意味でも、低山の多い地域は日本の産業の裏の姿を確認する場所となりやすい。
金勝山からの下山は、尾根コースを選ぶ、他に沢コースやげんきプラザに戻るコースもあって、バラエティに富んでいる。しかも尾根コースは途中に避難小屋があった。標高200m台の山で避難小屋というのも珍しい。
東登山口に下り、細道を少し下ると東武線の線路沿いの道に出た。10分ほどで朝出発した東武竹沢駅である。今日の山は、単発で登ってしまえば1時間や2時間足らずで登れてしまうが、工夫して歩きつなげることにより、充実した1日コースを提供してくれた。
開業100周年のヘッドマークをつけた東武線に乗り、東京に戻る。