官ノ倉山-笠山-堂平山-剣ヶ峰-大霧山-皇鈴山-登谷山 2008年4月20日(日)曇り一時雨 後晴れ |
定峰峠(13:40) 尾根の下のほうに定峰峠の建物が見えてくる。さっきの渋滞で予定より20分ほどオーバーしている。雨が少し強くなった。これから大霧山、登谷山と展望がぐっとよくなるので、天候悪化は残念に思う。 気がつくと、賑やかだった笠山付近の雰囲気とはうって変わって、みんな無口になっている。この雨の中、何のために42kmもの距離を歩いているんだろう。そんな素朴な疑問がふと頭をよぎる。他の人も同じだろう。 旧定峰峠(14:10) ダイダラボッチの説明板のある峠は暗い植林の中。雨は落ちてこない。相変わらず行列の中の歩きが続いている。 ここから大霧山まで30分の登りだ。意外と長い。そろそろ足の筋肉も張ってきている。 大霧山(14:40~14:50) 7年ぶりの大霧山頂上。ペースは上がっておらず、ここでインターバルを取ってしまうと完歩が危うくなるのだが、だいぶ疲れもたまっている。腰を下ろしてリフレッシュを図ることにする。 270度の広々とした眺望はすばらしい。行く先に見える登谷山、まだ遠いがあそこまで行けばもう下るのみだ。時間内完歩は出来るかどうかわからないが、とりあえずは歩き通すメドがここでつけられた。 急坂を下る。アケボノスミレがこのあたりでも実に多く咲く。笠山・堂平山・大霧山の比企三山はアケボノスミレの山である。ミツバツツジもそこかしこで見る。 粥新田峠(15:09)、二本木峠(15:47) 車道に出たところが粥新田峠。少し東方に下り再び北進する。二本木峠まで5kmもあるのか。堅い舗装道路であるところがつらい。 しばらくすると牧場が見えてくる。行楽客がたくさん。桜や菜の花が咲き、牛や羊がのんびりしている。牛乳やソフトクリームも売られている。車で来てもいいところだ。 広い車道は今日に限って言えば、行列の中の歩きから開放されるからほっとする場所だ。 皇鈴山CP(16:04) 天候が急回復し、青空がのぞく。新緑のカエデの葉が日に照らされ瑞々しい。 自然林の中を登り皇鈴山の平頂に着く。少し時間を挽回した。相変わらずの行列だが、ここのところ渋滞もなくスムーズに歩けている。しかしまだここで31.1km。キロ数で言えばなお4分の1を残している。 登谷山CP(16:25~16:30) 関東平野が大きく眺められる尾根道を経て、ついに最後の峰に着く。7つ目のスタンプをもらうと、少し気が抜けてしまった。赤城山が遠く霞んで見える。今年も春山、夏山と北の地への遠征の計画を立てる時期が来た。 さあここまでくればあとは車道を下るのみ。しかしここからが実に長くつらい道のりとなった。釜伏峠で右手の車道を下る。すぐの所に日本水(やまとみず)の給水所があったので、一杯だけもらう。自分のすぐ後で水は品切れとなった。 今年からゴール地点が変更になり、寄居駅からかなり手前の鉢形城跡記念館になっている。車道を下るうち、鉢形城跡まで5.1kmと指導標に出ている。ああ、何とか完歩出来るかなと思って安心する。しかしここでちょっとした見込み違い。実は鉢形城跡へはわざと回り道になるようコース設定されているのである。なぜそんなことになっているのかというと、やはり歩程42kmと言う数字にこだわった結果であろう。 指導標に書かれたキロ数は最短距離で鉢形城跡に至るもので、縦走大会のコースはそれより1.5kmほど多い。しかもくねくねと曲がりくねったところを歩かされる。終わって地図を見てそれに気がついた。 中間平を経て里道に下りきり、もうそろそろかなと思ったらまだあと3kmあるという。疲れがどっと来てしまった。一方、回りを見渡すとラストスパートで元気一杯の人がにわかに増えてきた。山を下りてから数キロの間に、100人くらいに抜かれたような気がする。 振り返れば山の稜線には夕焼け。もう日没である。前方に伸びる人の列は、まだどこまでも続いているようで、その先にゴール地点がある様子はない。 八高線の踏み切りを渡り、車の行きかう道に出る。地図を見て、あの遠く輝く信号を左に曲がればゴールだと確信する。 鉢形記念館(18:25) 夕闇に包まれた鉢形記念館の広い敷地に入る。ようやくゴールイン。大勢の人々がまだいる。そして自分の前にも後にも、続々ゴールする人、人、人。 完歩記念の帽子と賞状、そして「ゴール 42km」のスタンプを押してもらう。七峰縦走の長い1日は、カメラがフラッシュ無しでは写せないほどの暗い中で終わった。 しかし、縦走はまだ終わっていない。寄居駅までさらに15分ほど歩かねばならないのだ。肌寒さの残る中、びっこを引きながら真っ暗な道を駅まで歩む。 総歩数50407歩、消費カロリー1549kcal、歩行時間11時間30分、そして歩行距離は42kmではなく43km、という1日であった。 |