今日は久しぶりに、ブナにこだわることのない山行である。
乾徳山は5年前、暑い夏の盛りに登って以来だ。この山を始め、奥秩父の山梨県側の山は伸びやかな高原のイメージがあり、夏に登ってばかりいた。6月に登るのは初めてである。
山頂少し手前にも急な岩場がある |
友人の車で朝7時、徳和の乾徳山登山口に着く。まだ早い時間なのに、大勢の登山者がいる。バスの第1便はもう少し後だから車で来た人たちだろう。
バス停前の駐車場はすでに満杯だったため、裏手にある、以前はテニスコートか何かだったであろう駐車場を使う。
上空は雲が多いが日差しはすでに強く、ゆっくり回復方向のようだ。しかし午後からにわか雨も予想されているため、空模様には注意したい。
林道を歩いて登山道入口に着く。杉や檜の植林帯をしばらく登る。フタリシズカやミミガタテンナンショウが目立つ。
林道を何度か横断するうちに落葉樹の森になる。ブナの山でなくても、目はついブナの卵型の葉を探している。イヌブナが一本あったが、ここはミズナラが中心で、シデやカエデ、ホオノキなど多種多様の木が混じる雑木林である。
銀晶水の水場、駒止を過ぎる。緑がずいぶん濃くなったせいか、日が遮られて涼しげである。野鳥の声がことのほか響き渡っていたが、登るにつれて初夏の象徴、ハルゼミの鳴き声が優勢となった。今年もこの季節がやってきたのだ。
前後に登山者は多く、かなり大きめのザックを担いだ若いグループもいた。どこに泊まるのだろうか。樹林を透かして乾徳山の山頂部が見えて来たが、あいにくガスで隠されていた。
急坂の連続する道を黙々と登り、ようやくなだらかになったところは小広くなっており、錦晶水の水場があった。緑が少し明るさを増す。
ヤマザクラかズミの白い花びらが地面を敷き詰める中進むと国師ヶ原の十字路に着く。一角はシラカバ林になっていて、レンゲツツジも咲きちょっとした初夏の風景だ。高原ヒュッテは一時荒れていたが、ずいぶんとこぎれいに整備されている。シラカバに合わせたのだろうか、壁が白く塗られていた。
小屋の中に先ほどの若いグループがいた。ここに泊まれば、翌日乾徳山から縦走して奥秩父の主脈縦走に接続できる。乾徳山は日帰りの山の印象が強かったし、少し前までは高原ヒュッテがきれいでなかったので、ここに泊まる発想が自分にはなかった。
奥多摩や奥秩父の小さな小屋は最近、有人小屋・無人小屋を問わず建物の老朽化や管理人の高齢化のため、廃止になる例が増えている。そんな中で高原ヒュッテの復活はほっとする。
十字路へ戻って、シラカバの中を登っていく。扇平の草原には大きな岩がゴロゴロしている。下草はまだ薄茶色で、夏の花もこれからだ。登山者だけやけに多い。この分だと山頂直下の鎖場は渋滞かもしれない。乾徳山がこんなに人気の山だったとは、同行者も驚いている。
扇平から先の登りはトウヒなど針葉樹林の中となる。他の奥秩父の山ならこのあたりでシャクナゲがたくさん出てくるのだが、乾徳山は不思議と全くない。岩盤や土壌など、シャクナゲの生育と相容れない条件がここにはあるのだろうか。
急登となり、ハシゴや鎖が出てくる。髭剃岩は自分の体は入り込めなかったが、痩身の同行者は入っていけた。岩をくぐり抜けたところは断崖になっているそうだ。
最初の岩場には上下2本の鎖が垂れている。カメラをザックにしまい登っていく。高度感があるが足場もあり、足元をよく見ていれば問題ない。その先の樹林下の岩場は濡れていて滑りやすい。
難所の手前には登山者の行列ができるようになった。いよいよ最後の鎖場となる。5名ほどの順番待ちのあと取り付く。
垂直に近い一枚岩には足場はないが、トントントン、とスパイダーマンのようにとリズムをつけて登っていく。ここを登りきったところが乾徳山の山頂である。
5年ぶりの地は今までで一番混み合っていた。富士山は見えないが雲もだんだん取れてきて、奥秩父や奥多摩の山々のの稜線が望めるようになった。尾根続きの黒金山の奥に甲武信岳、その右方に笠取山、飛竜山などがよく見える。国師ヶ岳は雲の中だった。
南面に見下ろせる広大な広葉樹の森も、乾徳山からの眺めの魅力のひとつである。明るい山頂だが標高2000mを超えるとさすがに肌寒さも感じる。麓は初夏でも山の上はまだ暑さはない。
今日は山頂から北側の下山路を使わず、南の迂回路を下ってみる。登りにとった鎖場は別に登り専用というわけでもないが、今日のように登山者が絶えない日は、下る人は迂回路で行くのが自然の成り行きのようだ。
その迂回路は梯子での下降で始まり、すぐに先ほどの鎖場の基部に合流する。
次の岩場の下りでは30名くらいの団体が登っており、通過待ちを余儀なくされる。某有名ツアー会社主催の団体さんで、補助ロープやカラビナを使って岩場登りの練習をしている風だった。最後の人まで待たされてはたまらないので、適当なところで下山者のために列を切らせてもらう。
扇平からは直接、道満尾根に入る。国師ヶ原からの道と合流するまでは初めて歩く部分だ。ミズナラ、オオカメノキ、オオモミジなど深い緑の森で展望はないが、ヤマツツジやサラサドウダンが見られ、快適に下れる。国師ヶ原からの道と合流するあたりからは急な下りが長い間続いた。
登山道上に若いブナが一本、生育していた。今日初めて見る。直径10cmそこそこでまだ樹齢30年もいっていないか。付近にブナはないので親木は枯れてしまったのか、あるいは種子が飛んできたのか。いずれにしてもこの山でブナを見れたのは貴重なことである。
道満山で一休みした後、標高を下げると林相はアカマツやコナラに変わり、ヒノキの植林帯も見えてくる。樹間から見下ろす徳和の集落はまだ遠い。
ミズナラの木に直径3cmくらいの緑の実が垂れ下がっていた。ドングリにしては殻斗(お椀状の皮)が付いていないのでいったい何者かと驚く。けど、おそらく殻斗だけが剥がれ落ちてしまったものだろう。ドングリがこんな6月にあるなんてとおもったが、樹木の結実時期は意外に早いので、あっても不思議ではない。
再び急坂の長い下りとなる。徳和峠で尾根を外れると、道満尾根登山口はすぐだった。徳和の古い家並みを見ながら駐車場へ帰還する。
大きな山ではないが変化があり、バラエティに富んだいい山行になった。