8月ももう終わり。今年の8月は八ヶ岳と、北関東の山を3時間ほど歩いたきりだ。
高山の花をあまり見ていないので、行くなら上信の山がいい。この山域は夏遅く、秋口まで様々な高山植物を見ることができる。四阿山は昨年、湯ノ丸山も最近何度か登っている。今回は湯ノ丸山登山口のある地蔵峠の南側、篭ノ登山へ登ることにした。11年前に高峰温泉側から登って以来だ。
湯ノ丸山がこれほど人気なのに、同程度の標高の篭ノ登山のほうはそれほど名前を聞かない。登る人はそこそこいるのだろうが、湯ノ丸山や浅間外輪山に比べてやや地味に映るのだろう。
有料駐車場のある池の平高原まで車で上がってしまえば標高差200mくらいの軽ハイキングになる。体力の不足している今年はそれでもいいのだが、やはりもう少し歩きたいため、地蔵峠からの周回ルートをとる。地蔵峠なら駐車代もかからない。
三方ヶ峰から、東篭ノ登山を望む
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未明に家を出て、関越道~上信越道を走る。暁の空に浅間山の噴煙が高い。
回り込んで山道を登り、地蔵峠の駐車場に着く。フロントガラスが曇っていた。思った以上に外と気温差がありそう。ドアを開けると久しぶりと言っていい、ひんやりした空気。長袖でもいいくらいだ。
ホテルの裏手にはグランドがあり、縦横を走る道路はジョギングをする人が次々と行き交う。朝のキリリとした空気を吸いながら出発する。ビジターセンターの前を過ぎる。地蔵峠からこっち側に進むのは初めてだ。
リゾート地っぽい道路から、カラマツやヒノキ林の穏やかな道に入る。スキーゲレンデも見える。分岐を右へ。まずは三方ヶ峰に先に登る。地蔵峠からは標高差400mくらいで、ほどよい登りである。
下草が笹のカラマツ林はところどころで切り開きがあり、そういうところは決まってシラカバが生えている。沢筋以外で伐採などで明るくなった場所には先駆種のシラカバが根付く。寿命は30~50年程度と意外に短いので、自分が死ぬころにはこのシラカバも別の木に代わっているかもしれない。
樹林帯でも、明るい所になると狙ったようにアキノキリンソウ、タムラソウ、ツリガネニンジン、マルバダケブキなどが咲いている。緑色鮮やかなハナイカリが独特ないでたちだ。そしてマツムシソウが早くも見られるようになった。まだ時間が早いので太陽光は斜光で差し込み、花がキラキラ輝いて見える。
時間の経過とともに、傾斜がきつくなってくる。地形的には尾根ではないが、尾根につけられた登山道のようだ。標高2000mくらいで、周囲はコメツガが目立つ高山模様の樹林帯となった。
樹林が切れ、背後の山稜が見え出す。湯ノ丸山と烏帽子岳の対照的な山容が並んでいる。コケモモ、ヤマハハコ、イワインチンが地面を彩ると一気に眺めが開け、アンテナの立つ見晴岳に到着する。
名前の通り、見晴らしの良い赤土の台地だ。八ヶ岳や蓼科山、反対側にはこれから向かう篭ノ登山も。しかし、早朝は車から見えていた浅間山は、厚い雲に隠れていた。
頭上はきれいな青空なのだが、遠く北アルプスや中央アルプス、それと八ヶ岳の稜線沿いはみな雲がまとわりついている。今日の中部山岳の高山はみな、てっぺんが雲の中のようだ。
しばらく眺めを楽しんでから再出発。するとまた開けた場所に出る。さっき休憩したのは手前の展望台で、アンテナの立つここが見晴岳の本当の山頂だった。
岩陰で「バフッ!」と大きな声がして、2つの巨体が草むらへ逃げた。一瞬クマかと思ったが、カモシカの親子だ。山頂で休んでいたらしい。
カモシカ親子は逃げ去ってしまうこともなく、自分と3~4mくらいの至近距離でこちらを眺めている。今まで何度となくカモシカに会っているが、こんな近くでのご対面は初めてだ。しかも親子。
三方ヶ峰へは、ゆるやかな低木または草地の稜線歩きとなる。花も多くマツムシソウ、イワインチン、ハクサンフウロ、カワラナデシコ、ウスユキソウととにかく種類が多い。タムラソウは草の中で大群落を作っている。
三方ヶ峰から池の平へ直接下る道を分けて行くと、別のカモシカが1頭。カモシカはシカと違い、普段あまり移動せず一つの場所に定着して住んでいるという。見晴岳、三方ヶ峰のこの稜線はカモシカの住処なのだろう。
こうして近くでしげしげと眺めると、カモシカはシカでなくやはり牛の仲間だということがよくわかる。風貌もそうだし、仕草もだ。
左手、少し下がったところに池の平湿原が見えた。木道を2人が歩いているのが見えるが他に人影はなく、少し寂しい感じ。
東西に長い三方ヶ峰に着く。ここも眺望のよいところだが、コマクサ保護地を囲む柵越しの眺めだ。前回来たときはもっと仰々しい金網のフェンスになっていたと思うが、今は丸太とロープの柵になっており、少し開放感が出た。
金網だといかにも見栄えが悪いという声を受け地元の東御市が取り替えたということだ。しかしそれについてもいろいろ賛否があったと言う。たしかに今のロープ柵だと自生地に入ることが可能で、盗掘や踏み荒らしなどの被害が出ないとも限らない。
そのコマクサは花期を過ぎているので、今は葉だけになっている。今日初めての登山者に会う。さっき木道を歩いていた人か。
小さな樹林帯を抜け、その池の平湿原に出る。ニッコウキスゲのような目立つ花の季節は過ぎ、だだっ広い緑の草原にしか見えないが、足元には色鮮やかな花がたくさん見られる。オヤマリンドウ、ウメバチソウ、ツリガネニンジン、カワラナデシコ。晩夏から初秋の高山植物は、色のバリエーションが豊富な気がする。
湿原の木道から明るい樹林帯に入ると、バリアフリーの歩道で緩やかな登りになる。タムラソウやキオンがあちこちに群生している。
池の平駐車場(兎平)近辺はかなり賑わっていた。この駐車場は湿原より標高40mほど高い所にある。池の平湿原は回りを標高の少し高い台地に囲まれ、鍋底形のようになっている。尾瀬も登山口の鳩待峠や御池のほうが標高が高く、回りから水が落ちてくるから湿原になるのだ。鍋底型は別に珍しいことではなくむしろ当たり前だ。
尾瀬と言えば、尾瀬ヶ原の標高が1400m前後なのに、同じく水のたまっている尾瀬沼はそれより250mも高い。よく考えると不思議である。いずれにしてもこの池の平湿原、車で来て湿原だけ歩いて帰る人は、帰路が登り坂になってきついかもしれない。
カモシカはいるが、見たところシカは出没していないようなので高山植物はよく守られている。関東甲信地区では数少なくなってきた花の名所と言えるだろう。車で簡単に来れてしまうところなので、高山植物にとっての敵は、動物でなくむしろヒトだろう。
駐車場からは、篭ノ登山の山頂部が見えた。ずいぶん雲を被ってしまったが、登ってみる。背後の樹林帯に入ると、しばらくは斜度のない、落ち着いた樹林の道だ。林の中に入ると、日光が遮られてほっとする。
次第に傾斜を増し、岩の多く出る登山道になると林が途切れ、急斜面のいやらしいガレ場の登りとなる。背後から太陽光にあぶられてきつい。三方ヶ峰や池の平に比べて花は少ないが、マツムシソウ、イワインチンなど見られる。最後のひと踏ん張りで東篭ノ登山の山頂にたどり着く。
残念ながら周囲は雲が厚く、水ノ塔山への稜線は赤ザレの先が見えない。西篭ノ登山のほうも雲の中。それでも直射日光がつらいので、山頂直下の低木の下でしばらく涼む。標高2200mなので、日差しさえなければかなり涼しい。
後からどんどん登山者が到着し、また水ノ塔山からも大勢やってくる。体力も回復し、混んできたので下山することにする。ガレ場を慎重に下り、見えている池の平駐車場を目指す。
この間も多くの人とすれ違う。人気今一つの山かと思っていたが、そんなことはなかった。さっき湿原が閑散として見えたのは、単に時間が早かったからかもしれない。池の平駐車場に戻ると、車は溢れんばかりになっていた。
地蔵峠へは、駐車場横の登山道に入る。池の平歩道と名付けられている。カラマツ林の緩々の道で、車道と着かず離れずの位置にある。
途中でその車道を横断しさらに単調な下りが続く。誰でも歩ける道だがそれほど踏まれてはいない。登山道としては面白みに欠け、登りでとった「三方見晴歩道」のほうが登山らしくてよかった。
日当たりのいいところに出ると、アサギマダラがヒラヒラと舞っている。回りには、この蝶が食草としているヨツバヒヨドリがたくさん咲いているのだが、アサギマダラは気まぐれにも隣のキオンの蜜を吸っていた。
地蔵峠に戻る。朝早く出たせいか、まだ午前中の下山となった。コロナ太りが解消して体力が戻るまで、しばらくはこれくらいの軽い歩きしかできないだろう。
山麓の日帰り温泉に寄って、りんごジュースを買って帰路につく。下界は灼熱の昼下がりだった。