4月の銀山平、GWの守門大岳に続いてみたび新潟詣でである。
一昨年くらいから足しげく通うようになったが、「新潟百名山」「新にいがた花の山旅」の2冊の登山ガイド(いずれも新潟日報事業社発行)を購入して以来、出かける回数が急に増えた。2冊とも、越後駒や巻機など全国区の有名な山ばかりでなく、地元の人しか知らないような山や、登山道のない残雪期だけの山なども多数掲載されている。分県登山ガイドや全国発売されている登山雑誌とはまた違った山選びが出来る。どうやら新潟病になってしまったようだ。
飯豊連峰の大パノラマ 拡大表示
|
新潟の山といえば、残雪とブナの芽吹き、新緑、紅葉、春から夏にかけての高山植物など魅力が盛りだくさんである。豪雪地帯ゆえ冬が長く、植物も生育期間が短いため、短期間に一斉に開花し木々は新緑となる。紅葉も然りで時期がピタリと合えば感動するような錦繍の山となる。
芽吹きから新緑の頃、日に日に色が変わりゆく山肌を例えて「山笑う」という言葉がある。この時期の新潟の山はみな笑っている。
下越の山の代表、二王子(にのうじ)岳は東京から遠い。土曜日に出発して日曜に登ろうと予定していたが、どうも日曜の天気予報が悪目に変わってしまった。土曜日に登ってしまいたいので、前日会社から帰ったらすぐに出発。関越を飛ばしてどこまで行けるか。出来るなら北陸自動車道まで入ってしまいたかったが、仕事帰りの体力疲れもあって、長岡手前のドライブイン止まりとなった。
翌土曜日、期待通りの好天。聖籠新発田(せいろうしばた)インターから山に向かう。田植えの始まった広大な緑の田園地帯、それを見下ろすように大きく羽を広げている山が二王子岳だ。
飯豊連峰の前衛としての印象が強い二王子岳だが、自身の山容も立派で、古くから信仰の山として「にのじさま」と麓の民にあがめられてきただけある。胎内市(旧北蒲原郡)や新発田市民にとっては存在感の非常に大きな山である。
登頂予定を明日から今日に急遽変更したため、予定の宿泊地をキャンセル、変更しておいた。
広域道路を走り、車道は山里に深く分け入っていく。前方に同じく、登山口に向かっていると思われる車がいたので、無意識に着いていってしまった。しかし未舗装の砂利道をしばらく走った後、その車の人が下りてきて「どこかで道間違えたみたいですね」。カーナビを見ると、登山口の二王子神社からどんどん遠ざかっていたのだった。
引き返して、ナビの地図の通りに細い道を見つけ上っていく。やがて二王子神社とその奥の駐車場に行き着いた。ずいぶん高度を上げてきた気がするが、ここでもまだ標高300mに満たない。二王子神社までは未舗装の砂利道はなかった。
手前と奥の駐車場合わせて30~40台くらいは停められそうだったが、すでに満車近かった。日が高くなると暑くなりそうな山なので、本来なら、もう少し早い時間から歩き出したい。しかし東京から前夜発で来ているので、この時間が精一杯である。傾斜しているところに何とか停めて出発する。
駐車場から1分で二王子神社の建物があった。広場はキャンプ場のようになっていて、ここにも数台駐車できるがすでに満車。登山者も多く、大学生のグループが2組、相前後して登っていった。
用水路のような施設に沿って、杉林の登山道が始まる。合目を表す標識が掲げられており、すぐに1合目の表示を見る。緩やかな沢沿いの道がしばらく続く。ツボスミレ、チゴユリ、オオタチツボスミレ等を見る。
西斜面の登山道であるにもかかわらず日が届き、すぐに汗を拭きながらの登りとなった。やはり、もう1時間ほど早く歩き出したい道である。
道はやや急坂となる。登山道の整備をしている人がいた。神子石という大岩の横を通ってもうひと登りすると、一王子神社を示す導標があった。分岐になっており、左に少し登ると一王子神社の社跡と思われる平坦地だった。その先に避難小屋がある。このあたりで3合目である。石造りで頑丈そうな小屋だ。小
屋前の標識には「水場へ1分」とある。水芭蕉が見れるようだが、それは下山時に寄ることにする。
この先は自然林の尾根となる。そして早くも残雪が登山道に現れ始めた。予想よりずっと早かった。もっとも、最初のうちは時々腐った雪の上に足を置く程度。階段状の急坂を上がると傾斜はやや緩やかになり、ブナ林が主体となる。透き通るような新緑が美しい。
この山のブナは2次林ということで、大木はなくスラッとした細身の幹のものがほとんどだ。それでも豪雪の地の樹木らしく根元がくねっと曲がっている。
林床にはイワウチワが散見されるが、開花のピークを過ぎているのか、花数はさほど多くない。スミレサイシンもよく咲いている。光沢のある心状の葉を持つスミレはテリハタチツボスミレだろうか。
登山道は尾根筋ばかりでなく、樹林を抜け出して開けた台地状の場所に出ると残雪の上を歩くようになる。雪の消えた尾根道と残雪の平原、その繰り返しとなる。
傾斜が次第に増し、ゲレンデ状の斜面を伝うようになると、北側が開け、雪山が望めた。周りの人の話で、朝日連峰だとわかった。考えてみればここはもう、山形県のすぐ近くである。山頂に達すれば飯豊連峰の大パノラマが待っているはずだ。
雪面の急登となる。傾斜のきつい部分は下りのときにアイゼンが必要になるかもしれない。やや斜度が緩くなった所で後ろを振り返ると、新潟平野と広い広い日本海が目の前にあって驚く。登り着いた平坦地は5合目の定高山だが、尾根の肩のような場所で標識はなく、積雪量測定用のポールが立っていた。
この先も雪原と樹林の尾根道を交互に歩いていくが、雪の上を歩く割合がぐんと増えた。残雪の多い山とは聞いていたが、標高1400m台の山の中腹で、これほどの多量の残雪は予想外だった。
標高1000mを越えたあたりで、樹林帯にはカタクリの群落がいくつも見られる。ここのカタクリは花がとても小さくてかわいい。下のほうで咲いていたスミレサイシンの花のほうが大きいかもしれない。スミレより小さいカタクリなんて、ちょっと他では見られないのではないか。やはり気象条件が厳しく、大きな花を付けられないのだろう。その代わり色合いは大変鮮やかで、生き生きしている。
北の山では、春の花は暖かくなって雪が溶けたところから順に咲いていく。雪と花の開花とは隣り合わせなのである。言葉の使い方が変かもしれないが、新潟の山に咲く花には、そうした一種の緊迫感を感じる。
カタクリのそばにはオウレンも咲き残っていて、春と言う季節がギュッと濃縮されている感じだ。
スキーで下ると気持ちよさそうな広いスロープを登る。パノラマ展望が継続し、北には朝日連峰が横一線、また反対側の南に見えるのは越後三山か、または上越国境の山だろうか。
一歩一歩、踏み抜きに気をつけてトレースを忠実になぞって登る。下山の人はグリセード気味に滑るように下っていく。
ゲレンデのような雪の緩斜面が何度も出てくる。しかしこの間の守門大岳と違い、今日はスキーを持った人を見かけない。左手の伸びやかな尾根が二王子岳山頂付近になるだろうか。よく目をこらすと、山頂の避難小屋が見えている。
その尾根に上がり、さらに山頂直下の尾根に乗ると、雪は消えた。神社跡を通ったその先、東側の展望が開けた。下越、中越の山々、そして待望の飯豊連峰である。近い、というより目の前だ。写真では見ていたが、実際目の前で見たときの、圧倒されるくらいの迫力ある眺めは写真ではわからない。
残雪が精密な幾何学模様を形作っている。人工的には絶対に作れない自然の造形美だろう。登山道の東側に広い雪原があり、そこが飯豊の一番の展望台になっている。山頂を踏んだらここで休憩することにする。
避難小屋の建つ二王子岳山頂に到達。展望は360度、まさに絶景だ。しかしこの人出。座る場所がない。駐車場が満車状態なのに意外と歩いてる人が少ないなと思っていたら、山頂が満員だった。子供連れの家族までいる。小さな子にとってはこの山の登りは大変と思うが、地元の子なら雪道にもある程度慣れているのだろう。
登りで抜いたり抜かれたりだった学生のグループも到着していた。大きいザックはもしかしたら山頂の避難小屋泊まりだろうか。
先ほどの飯豊の展望台まで下る。ここも多くの人が休憩している。キャッチボールどころか、三角ベースの野球でもできそうな広い雪原だが、雪のない季節はヤブなのだろうか。
とにかく何と言っても、目の前の飯豊連峰である。右(南)の大日岳から左端の杁差岳(えぶりさしだけ・「えぶり」に当たる漢字は、正しくは木へんに八)まで全部見えるが、余りに稜線が長すぎて1枚の写真に収まらない。一眼では18mm未満の広角レンズが欲しいところであるが、出来たら中判カメラで撮りたい。
これほどの残雪模様を見ることのできる展望台と言って思い浮かぶのが、一昨年の北海道、大雪山系の白雲岳から見た眺めである。残雪模様をじっと目を凝らしていると、いくつもの顔が見えてくるのが面白い。
隣りで山菜の天ぷらを揚げているグループがいた。おまけにチャーハンまで作っていて、いい香りがしてくる。聞いてみると地元の人で、二王子岳に登ったのは初めてとのこと。東京から来たといったら、「えっ、この山に登りに、わざわざ東京から?」と驚いていた。
地元の人にとって二王子岳はいつでも登れる里山で、登山が趣味でもかえって登っていない人も多いのかもしれない。けれどこの人たちも、この目の前の展望を見てやはり感激した様子だ。
1時間ほど眺めを楽しみ、下山とする。雪原の下りは快適である。緩斜面であれば足裏を滑らせるようにスルスルッと下ることも出来る。今まで登った下越の山、五頭山や大蔵・菅名岳と同様に、この山も日本海を正面に見て下ることになる。今日は佐渡ヶ島もはっきりとした輪郭をもって捉えられる。
登りのときにアイゼンが必要かな、と気にしていた急斜面も、それがどこかわからずにいつの間にか通過していたようだ。カタクリなどの花の写真を撮りながらゆっくりと下る。
一王子神社まで下り立つ。水が残り少なくなっていたので、登りで予定していた通り、水場へ行ってみる。そこは水芭蕉の群落地になっていた。しかもかなり広い。水がたくさん残っていれば見損なっていた可能性もあるから、何だか得をした気分になった。
後は樹林帯を淡々と下っていくのみである。気温もどんどん上がり初夏の趣きだ。二王子神社の登山口には下山者が大勢休憩していた。水場でスパッツと靴の泥を落し、駐車場へ向かう。
期待にたがわぬ素晴らしい山だった。そして、あのような飯豊の眺めを見れれば、次回はやはり登ってみたくなるのが本当だろう。飯豊には10年前に登って以来ご無沙汰しているが、杁差岳を今年の夏のひとつのメインイベントとして登山計画を立てたい。
車で麓まで下り、新発田地区の田園地帯を前景に二王子岳の見納めをする。麓から見るとたおやかな稜線を従えた緑多き山であり、山中にあれほど残雪があるとは想像がつかない。新潟の山の奥深さを感じた。
新発田温泉「あやめの湯」に立ち寄り、高速で長岡に戻る。