前日は、群馬県の奥利根水源の森に登ろうとしたが残雪多くて登るのを諦め、新潟に転進し天水山に登るというあわただしい1日だった。
十日町駅近くのホテルに泊まったので今日の行程は余裕がある。だがこの日は気温が高くなる予想で、まだ5月なのに真夏日になりそうだ。のんびりしていると暑い中での登山になってしまう。結局、いつもと同じように早出する。
当間山のブナ林 [ 拡大 ]
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当間山と書いて「あてまやま」と読む。魚沼丘陵の主峰で、登山口付近に当間高原というリゾート地、山麓には清津峡がある。
魚沼丘陵は登山としてはあまり知られた場所ではない。魚沼と十日町の間にある、比較的アクセスのよい地であるにもかかわらず、当間山の登山記録は極端に少ない。かと言って、登山の難しい山というわけでもない。
自分もつい最近まで全く知らなかった山だったが、新潟県のブナ林を調べている中で「当間のブナ林」がネット検索で引っかかったのがきっかけだった。当間山は全山ブナに覆われた山である。ブナファンの自分にとっては、今まで存在も知らなかったことが恥ずかしい。
当間山は場所がら雪解けが遅く、登山適期は一般的に6月以降となっている。6月初旬に地元で山開きも行っているようだ。今回は新緑のブナ林を求めて、山開きの前に歩く。残雪の状況はどのくらいか、事前にはよくわからなかった。
宿泊地の十日町駅付近から車で30分、当間高原を目指す。新潟県には似つかわしくない?、八ヶ岳や軽井沢などでよく見るリゾート地だ。ゴルフ場もある。敷地の奥に広い駐車場があり、そこに停める。当然ながら先着の登山者はいない。
周囲はだだっ広い、区画化された畑地と雑木林となっており、当間山は見えない。
ここからしばらく舗装道路を歩くが、この先に全山ブナ林の山があるとは信じがたい。しかし道の両側にはダケカンバやタニウツギなどといっしょにブナも植えられており、地面にたくさんのブナの芽生えがあった。それにしても、頭上の開けたダラダラの上りの車道歩きはつらい。
天文台を過ぎ、送電鉄塔の立つ登山口に着く。植林された広葉樹の林がしばらく続く。
そのうち案内板と標識が立つところからブナ林が始まった。これはすごい、本当に四方全てブナである。昔からの原始の森ではなく、樹齢100年もいっていないような若い二次林ではあるが、スラっと伸びた美しい樹姿で居並び、その規模が半端ではなかった。しかも林床にはおびただしいほどのブナの発芽が。これは今日は長くなりそうである。
登山道は整備され、傾斜はほとんどない。さっきまでの車道に比べて格段に歩きよい。
当間山の北面は丘陵のような緩斜面となっており、駐車場から当間山が見えなかったのもうなずける。しかし林内部はユキツバキ、エゾユズリハなどの低木層、カエデやオオカメノキといった中間層が存在し、他の山で見るブナ林とまったく変わることはなかった。典型的な日本海側のブナ林である。
ここは100年ほど前、一斉に伐採された直後に一斉に芽生えたのだろうか。とにかく当時からブナの生育に適した地であったことに疑いはないようだ。
しばらく行くと、ここ数10年の積雪量を示した鉄柱が立っていた。早くも今年(2019年)の分も書かれており、2mくらいを指している。記録された中での最深積雪年は2015年、3m50cm以上であった。
ブナの小径を分け、さらに進む。行けども行けどもブナの森である。イワウチワの花も終わらずに残っていた。花も葉も大きく、オオイワウチワだろう。水の流れが聞こえ始め、次の案内板のある場所は水場で、ブナの回廊との分岐点となる。
さらに緩い登りを行く。木が低木化してきた。タムシバ、オオカメノキの白い花が目につき始める。さすがのブナ純林の山も、標高を上げると眺めの利く低木帯となった。イワナシも見られる。
一本杉が現れる。ブナ以外のはっきりした高木を初めて見る。杉は1本ではなく2本あった。
再びブナ林へ。今回初めてのはっきりした登りとなり、見晴台に出た。高さ2m程度の櫓がある。上がるのは帰りに、ということにして先に進む。
登山道には残雪が目立ってくる。ぬかるみが多くなり、雪圧で倒れていた低木の跳ね上がる音があちこちで聞こえ、まさか熊ではないかとびくびくする。
「山親父」と言うブナの大木がトラロープに保護されて立っていた。大木と言っても直径は1mもないが、若いブナの多いこの山の中では親父というか、祖父的な存在だろう。山頂に近づくにつれ、ブナのサイズは少し大きくなっている。
深いブナ林をジグザグに登り詰める。イワウチワ、ショウジョウバカマがたくさん現れる。花の少ない山とのことだが、春の新潟の山は例外なく花の山になる。
分岐が現れ、右に入って当間山の三角点に到達した。眺めは限られるが、今日初めての休憩をとる。とは言ってもブナ林の中で何度となく足を止め、写真を撮り続けているので疲れはほとんどない。今日は新潟でも30度を超える真夏日となっているようだが、ブナ林の中は日が遮られ、ひんやりとした空気に満たされているので暑さも感じない。
三角点からはひとしきりの下りとなる。案内板のある山頂との間は鞍部状になっていて、まだの雪が残っていた。ブナ林もこのあたりが一つのハイライトで、水の流れがありカエルの鳴き声が響いてくる。リゾート地を抱える山とは思えない、静寂が支配する深い森である。
ただ、これから行く山頂のすぐ先に魚沼スカイラインが通っていて、前日走った国道353号の十二峠トンネルも意外と近い位置にある。その方向からバイク音が聞こえてきた。痛しかゆしである。
魚沼スカイラインは残雪のためまだ閉鎖中だが、スカイライン側から当間山に至る登山道もある。スカイラインが開通すれば当間山は往復1時間もかからない軽い山となる。
谷地形の残雪は多くはないものの、登山道が見えないので方向が分かりづらい。何度か行きつ戻りつしながら進む。
当間山の最高点に達する。ここも樹林の中で、案内板にはビニールシートが被されていた。おそらく来週の山開きまでは、このようにしているのだろう。日の当たるところは虫が多いので、スカイライン側の樹林帯に入って休憩する。素晴らしいブナ林の山にしては、山頂は殺風景で地味すぎた。
下山は三角点を経由せず、先ほどの三角点分岐に直接至る道を行く。雪から立ち上がったマンサクが今頃花をつけていた。樹林帯にはユキツバキ、灌木帯にはタムシバやオオカメノキと、木の花がよく咲く。
こちらのルートは尾根の幅が広く、雪も一面に残っている。往路以上に迷いやすい。芽吹きの森を求めて先週、あるいは先々週に来ていたら多量の残雪でルート探しが大変にだったかもしれない。今日のところは何とか歩く方向は見いだせている。三角点分岐は無事に通過し、登りの道に合流する。
見晴台に上がると展望盤がついており、尾神岳、米山、黒姫山や弥彦山、鋸山が望めることが分かった。この中で未踏は尾神岳のみとなっている。
いずれも標高は1000mに満たない山ばかりだが、それぞれに魅力がある。こうしてみると当間山は、ハイキング向きの低山にしてはかなりの高標高であることがわかる。
ようやく登山者を見ることができた。5名くらいのグループである。来週(と思われる)の山開きの下調べの人かもしれない。「早いですね」と声をかけられたが、6時から歩いているとは言えなかった。時間がかかり過ぎである。
ブナの回廊分岐点まで下ってくる。帰路はこの回廊を歩く。水際にホオノキの高木が伸びていた。全山ブナの山でも、ところどころでホオノキやミズナラを見かける。
水場で水を補給し、ブナの回廊に入る。こちらは往路よりもさらにすごい、圧巻のブナ林だった。発芽したブナの子どもも足の踏み場のないほど出ているし、それだけではなく昨年、一昨年、それ以前に芽生えたブナ稚樹によって地面が埋め尽くされている。下草が全部ブナなのだ。
当間山は過去何十年にわたり、このような地面を埋め尽くす幼木や稚樹がそのまま成長して、ブナの森を作り続けているのだと納得した。「継続するブナ林」の印象を強く持つ。
案内板があり、熊が木登りしたときの爪跡が残っているブナがを見る。爪跡はかなり高いところまでついている。
こんなにブナの山ばかり歩いていて、山の中で熊に会ったことはまだない。今まで2回熊を見たが、いずれも林道でである。全山ブナの当間山は間違いなく熊はいるだろう。登る人が少ないので、会ったという話は聞かない。
ブナの小径の分岐を見送り、傾斜のある坂を下っていくと、あっけなく林道に下りた。ウッドチップが敷かれていて、こちらは一般の人にも歩きやすいような遊歩道になっている。
早春、山にはまだ雪厚い時期でも、標高500~600mのこのブナの回廊の周回なら歩けそうである。沢沿いの林道はまだブナ林の中で、ここにも発芽したブナがいっぱい、落ち葉の下から顔を出していた。
未舗装の林道に出る。樹林から脱したので暑い日差しを受ける。林道はどちらの方向に行っても駐車場へはたどりつけるようだ。朝見た登山口や天文台の横を通って、駐車場に戻った。
コースタイム4時間30分程度のこの山に6時間以上いたことになる。圧巻のブナ林が自分の歩みを極端に遅くしていた。
駐車場を後に、当間高原内の車道を車で下りていく。一帯はブナのブも感じられない、芝と草原のリゾート地だ。今までいたところがまるで別世界のように思えた。