今年もあと一カ月あまり、山は冬の季節を迎えた。
笹子駅から国道とは反対側の細い道に入る。朝から雲ひとつない快晴で、水たまりには氷が張っていた。今日は冬晴れの1日となるであろう。
駅から登れる至便な鶴ヶ鳥屋山だが、山は深く登山道も難所が多い。昨年も遭難死亡事故が起きている。しっかりとした装備と下調べが必要な山である。
冬枯れで明るい角研山北尾根
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林道を10分ほどで、山側に「本社ヶ丸・鶴ヶ鳥屋山」を示す指導標があった。この角研山北尾根は一応バリエーションルートなので、指導標の立つ登山口があるのは意外である。
山に入るといきなりの急登。しかし、斜面にはジグザグの踏み跡がしっかりとつけられており、先週の鞍吾山に比べれば格段に歩きやすい。50号鉄塔を過ぎ、自然林に入ると残りの紅葉も姿を消し、あたりはすっかり冬木立である。
標高1000m付近でなだらかになり、このあたりは庭洞山と呼ばれているが、標識は特にない。木々の向こうに笹子峠方面の山並みが覗く。直線距離ではまだ麓からそう離れていないので、高速や国道からの車の音がよく聞こえる。
林道を横断し、再び急な斜面をジグザグ登りする。霜柱が発達して土を押し上げていた。北斜面でも日差しは届き、尾根道は明るく暖かい。しばらくは気分の良い平尾根の道が続く。
通過する30号鉄塔付近はそれほど開けてないが、前方に本社ヶ丸から来る稜線がよく見えるようになる。高度的にもあと一息。岩交じりの急登の途中で振り返ると八ヶ岳、奥秩父の金峰山であろうか、白くなった峰々が視界に入る。南アルプスの北岳も真っ白な姿で登場した。写真を撮っている間に単独の男性に抜かれる。
着いた角研山は樹林に囲まれた狭い場所で、本社ヶ丸と鶴ヶ鳥屋山を結ぶ稜線の一角となっている。
そういえば、この中央線沿線の山々をつなぐ尾根道は特に名前がないようだ。ここだけでなく、九鬼山、倉岳山から高柄山にかけての尾根道も同様だ。奥多摩や丹沢なら石尾根とか表尾根など、登山者なら誰でも知っている呼び名があるのだが、不思議と中央線に並行して伸びる尾根道に、決まった呼び方がないのはどうしてだろうか。
角研山からはひとしきりの急な下りとなる。 ヤセ尾根で地面が固く、場所によっては慎重に足を運ぶ。夏から秋にかけては体もよく動き、細かな登り降りもスムーズにいくのだが、冬になると体を動かす機会が減り、筋肉が硬くなって動作がぎこちなくなりやすい。これは山を歩く時間を増やしてもあまり変わらず、日頃のトレーニングで意識的にやるしかない。
しかし最近はジム通いもさぼりがちで、体はどんどん硬くなる一方である。
目指す鶴ヶ鳥屋山は角研山よりも標高は3メートルほど低い。しかし小さなアップダウンがいくつもあるのでかなり歩きではある。
尾根の北側に張り出した小ピークに立つ。この稜線のいい展望台なのだが、以前に比べ樹林が伸びたのか、この冬枯れの季節でも南アルプスや大菩薩嶺は木の枝越しの眺めになっていた。
滑車の残骸を見たあとすぐに、船橋沢からの登路が合流する。
周囲はミズナラやブナもすっかり葉を落として完全に冬の姿だ。そんな中、緑の小さな葉をつけた木はモミだろうか。この辺りは特に多い。角研山付近では、三ツ峠の陰で見えなかった富士山も、尾根道をどんどん東へ歩いて行くと見えてきた。
鶴ヶ鳥屋山の手前のピークは、一部樹林が邪魔をするものの富士山が大きく、南アルプス、八ヶ岳、金峰山もよく見える。このあたりになると富士山は、東側の裾野まで見えるようになっていた。
緩い下り登りの後、鶴ヶ鳥屋山山頂に到着。樹林に囲まれているが、富士山だけは木の間からよく見える。反対側にははるか下に中央自動車道。山頂まで3時間以上かかる深い山の割には、人間社会が意外と近い位置に見下ろせるのが不思議である。
風もなく暖かささえ感じる中、のんびり日だまりの山頂を満喫した。その間、山頂にやって来た人は4人のみだった。
初狩駅へ下る。鶴ヶ鳥屋山は、この山頂からの下りが難路のひとつである。
落ち葉の深く積もった急斜面のトラバースが続く。林道に下りる手前で、さっき先に下りていった一人の女性が立ち尽くしていた。自分より少し年上に見える、ハイキング初心者風のこの人は道に迷ったと言う。大きな倒木に惑わされ、違う方向に行ってしまい進退窮まったらしい。いっしょに薄い踏み跡を見つけすぐに林道に下りた。
再び山道に入り、基本は尾根伝いに行くのだが意外と地形は複雑で、支尾根がいくつか分岐する。振り返るとアカマツ越しに富士山が見え、鶴ヶ鳥屋山がもう高い位置にあった。
唐沢橋ルートとの分岐で再び、同じ女性が佇んでいる。どちらへ下るのかと聞かれたので、一般道の近ヶ坂橋方面と答える。どうも道を一度失ったので不安になったらしい。以後は自分と着かず離れずでいっしょに下ることになった。
しかしこの道は、大月市の指導標が時々現れるものの、それ以上に枝道があって迷いやすい要素がたくさんあるように思う。今日登りにとった角研山北尾根と違いここは一般ルートだが、むしろこちらのほがわかりにくく迷いやすい。昨年の冬の遭難もたしか、こちら側に下山しようとした人が雪面で滑落したものだった。
植林帯に潜ると、しばらくして沢音が聞きこえてくる。その後砂防ダムを右に見ながら細道をしばらく歩き、沢を渡った少し先で林道が伸びていた。このあたりもヤブがはびこり、非常にわかりにくい場所である。
近ヶ坂ヒノキ採種園を過ぎるとようやく、車の走る県道に出る。この時間にしてまだ日差しいっぱい。悪天続きの今年の秋の山行も、今日で完全リセットである。
先ほどの女性と山の話をしながら、リニア実験線のガードをくぐって初狩駅に戻った。