中央線笹子駅で下車。朝の日差しが新緑の山肌に届き、瑞々しい山里の風景が展開している。周囲の田畑を見ると田植えはすでに済んでおり、まだ頼りない小さな緑の穂が、風に揺れていた。
駅から西へ、国道を歩く。途中横道に入り、駅から30分ほどで笹子雁ヶ腹摺山登山口。今日はここに入っては行かず、さらに新田地区の舗装車道を歩く。
新緑の稜線の後ろに富士山が頭を出す(中尾根ノ頭付近にて)
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高度を上げ、狩屋野林道の入口まで来る。この林道を入って少しした所に取り付き口があるはずだ。しかし、この林道は入口でゲートが閉められ、「閉鎖」の標識がかかっていた。
何だ、これでは山に入ることが出来ないではないか。あとで確かめると、この閉鎖の表示を無視して入っていく人も多いようだが、自分は指示に従う。
他に、目の前の斜面に取り付けるところがないか探すために、車道を笹子峠方面へ進んでみる。
北側へ回り込み10分ほど行くと尾根状の斜面があって、木の杖が立てられており取り付き口を示していた。ここを登れば898.3m三角点に達せそうだが踏み跡はついていない。しかしここ以外に取り付けそうな場所がなさそうなので、意を決して登る。
バランスを崩すと落っこちてしまいそうな急登だが、テープを頼りに尾根を外さないように登っていく。20分ほどで雑木林に入り、傾斜が緩くなる。三角点は見つからなかったが、そのまま尾根伝いに歩いて、最初の目的地である212号鉄塔に行き着くことができた。ほっと一安心。鉄塔の基部からは樹林越しに、今日の最終目的地である大沢山の丸っこい山頂部が見えた。
ここは標高ちょうど1000m。周囲は新緑たけなわで、ライトグリーンが目に優しい。地形図によれば、今日歩くルート「中尾根」は比較的はっきりした尾根筋なので、この鉄塔まで登ってこれさえすればもう、あまり迷うことはなさそうだ。西へ歩を進める。
岩がちの尾根を登る。1093m点には北側から踏み跡が上がってきていた。その後もいくつかの小さなアップダウンはあるが、コブを南側から巻く箇所も多い。
花は少なく、タチツボスミレやアケボノスミレを見るくらいだ。それに、道のの両側は低潅木の枝が突き出て、踏み跡がはっきりしている割にはヤブっぽい。
左から薄い踏み跡が上がってくるのを見たあと、緩やかだが再び長い登りとなる。向きを北に変えて急登をこなすと1265m付近のピークに出る。ミツバツツジが多く見られた。高度を少しずつ上げていくたびに、木々の緑も少しずつ淡い色に変化していく。ブナを今日初めて見る。新緑になっていた。周辺のミズナラは芽吹き前なので、ブナは葉を出すタイミングがミズナラより早いのだろう。
ここらあたりでは展望も徐々に広がり、東側に笹子雁ヶ腹摺山や滝子山の端正な三角形が形よい。さらに遠く大菩薩嶺も見える。
左側が檜林、右が自然林の平坦な尾根をしばらく行くと、ベンチのある狭いピークについた。標高はおよそ1285m、ここが中尾根ノ頭のようだ。笹子峠からと思われる道が合流している。
ピークからはこれから辿る尾根が手に取るように眺められる。稜線直下まで新緑のラインは上がってきていた。そして富士山の白い頂も、その稜線の上に頭を出していた。富士山を見たのはずいぶん久しぶりのような気がする。今日は空気の乾燥した晴天のためか、いつになくクリアな眺めが得られた。
このあと、道はヤセ尾根になる。右側に白ザレが大きく落ち込んでいたりして、少し緊張する。松の木が1本立つピークを越えてさらに進む。富士山は稜線に完全に隠れて、見えなくなっていた。最後の登りでようやくカヤノキビラノ頭に到着する。中尾根はここで終わりとなる。大したピークではないが、京戸山からの尾根道が合流してきており、標識も立っている。
カラマツの新緑が目立ち、何となく明るい雰囲気に変わった。なお自分のやって来た方角は「→笹子峠」と書かれていた。
カヤノキビラとは興味をひく名前だが、「カヤノキ」+「ビラ」で、かやの木のある平らなところという意味だろうか。
小休憩の後、穏やかな稜線歩きとなる。木々は芽吹き始めである。正面に富士山が大きいが、樹林の向こう側で見えづらい。着いた大洞山も明るいピークだが、周囲を樹林で囲まれている。
下っていくとにわかに岩っぽくなり、ようやく正面が開けた場所に出た。これから登っていくボッコノ頭や大沢山、三ツ峠も見える。富士山も全貌を現した。急坂を下ったところが摺針(すりばり)峠で、登山者が5,6名休憩していた。今日のようなマイナーなルートで、人に会うとは思っていなかった。意外と登られている山なのだろうか。
摺針峠というのも、かなり変わった名前である。
峠からはボッコノ頭まで、今下ってきた分をそっくり登り返すことになる。西側に南アルプスの稜線が今日初めて、視界にとらえられた。甲斐駒から北岳、悪沢岳まで幅広く見えているのだが。檜の幼植林がじゃまをして、全体が一度に見える所がない。ヤブも依然として多く、今日のコースは、好立地な山稜の割にはなかなかすっきりした展望に恵まれる場所にありつけない。
1355mの平頂を越え、もうひとつ下って登り返す。ボッコノ頭はミズナラに囲まれ、今日一番気分のいい山頂であった。展望が秀でているわけではないが、この山域でも奥まった位置にあり、静かな印象が好ましい。
摺針峠で会った人が追いついてきた。笹子峠までタクシーで来たそうである。笹子峠にはまだ行ったことがないが、そういうアプローチの仕方もあるのか。駅から歩いてきたと言ったら、びっくりされてしまった。
最後のピーク、大沢山へ歩を進める。緩やかな尾根道は気分がよく、足もはかどる。岩っぽい斜面に、イワカガミの葉がびっしり付いていた。と思ったら、その先で赤いかわいい花をつけていた。
脇の踏み跡に入って岩棚のコブを登ってみると展望が開けて富士山が眺められ、そしてそこにもヒメイワカガミが咲いていた。まだ開花し始めたばかりのようで、咲いている花の数は少ないが、蕾もたくさんある。来週が見頃になるだろうか。
急登を経て今日の最高点、大沢山に到着する。ここには12年ぶり。ボッコノ頭同様、ブナやミズナラに囲まれた山頂で明るく気持ちがいい。さらに富士山方面の樹林が少し刈られ、白い頂との再会となった。
大沢山には三角点がなく、国土地理院の地形図には山名も掲載されていない。マイナーな山なのであるが、さっき会った登山者によると最新の登山地図では、周辺のコースが赤点線で描かれているらしい。自分の持っている地図にはまったく線が引かれていない。
今日歩いたルートは、自然林が多いもののヤブが少し濃いことが玉にキズか。しかしこれでヤブがなく、その結果眺めもよくなったら、整備された一般の登山道と同じになってしまう。そのあたりの微妙な価値観の違いが、山を歩く人々の間には存在する。
個人的にはここは今のまま、自然の色濃い静かな山であってほしい気がする。
あとは笹子駅まで下山するのみである。大沢山から数分、女坂峠への道を分けて北東側の踏み跡に入る。指導標には「笹子駅へ 道跡不明瞭」と書かれているが、12年前に登っているし、尾根伝いなので基本的には迷うようなところはないはずだ。
新緑の復活した中を下っていく。対面に、清八山や本社ヶ丸の芽吹きの山肌を見る。213号鉄塔まで来ると暑さを感じるようになった。今日は久しぶりに、持ってきた水をほとんど飲みきった。
植林の多い道に入るともう1本の鉄塔、そこから10分足らずで奥野稲村神社の裏手に下り立つ。長い道のりではあったが、特に迷うところもなく、新緑の山を順調に歩き通すことが出来た。
その先で犬に吠えられたが、その家の人に国道への近道を教えてもらった。
笹子駅の自動販売機でスポーツドリンクを買い、一気に飲み干す。麓は日差しが強く降り注ぎ、すでに初夏の陽気だった。