昨年春の南木曽岳に続いて、この地に来た。岐阜県中津川市と長野県阿智村の境、無理に分類すれば美濃の山、東海地方の山となる。
山を始めた頃、NHK日本百名山ビデオで恵那山の存在を知って以来、およそ20年目にしての登頂である。
南木曽岳山行では、下山後に寄った馬籠宿からの恵那山が大きく立派で印象に残った。存在感という意味ではアルプスの高山や東北の「おらが山」に匹敵、あるいはそれ以上である。
神様の住む山があると言うなら、恵那山は間違いなく神様の棲家であろう。天照大神が降臨し山頂に胞衣(えな)を納めたという逸話があり、これが山名の由来とされている。
紅葉の先に恵那山の平頂が覗く |
先週の北アルプスに続いて、中央自動車道の長距離ドライブとなる。高速道路会社には儲けさせてしまった。登山口のある中津川市まではとにかく長いので、前日の昼間に出発する。
なお東側の広河原登山口から登るのならアプローチはもっと短くてすむが、展望がよくて歩きがいのある岐阜県の神坂峠(みさかとうげ)から登ってみたい。コースタイムは8時間強と、これまた長い。
中津川市の公園の駐車場で仮眠し、翌朝林道を車で上がる。林道は舗装されているが細く傾斜があり、暗い中では運転が難しそう。無理して夜のうちに上がっていなくてよかった。
6時前に神坂峠に到着。駐車場は手前の路肩スペース含め空いていた。林道は切り通しになっているので長野側から上がって来れそうなものだが、一般車は入れないようだ。
神坂峠からの登路は開けた笹原の稜線歩きから始まる。峠を挟んで恵那山の反対方向には富士見台高原があり、同じような眺めのいい草原が続いている。富士見台は軽いハイキング向きであるが、登山の対象としては物足りない。
天気はいいのに、山はガスがかかっている。最初の展望地、千両山では霞む中何とか恵那山の大きな山体を望むことができた。しかしこれから歩く稜線には大きな分厚い滝雲が乗っかっていた。すぐにあの雲の中に潜ることになりそう。
北東方向の御嶽山、乗鞍岳はよく見えた。
今日の行程は標高が低い前半のほうが展望よく、その後樹林の中の登りとなる。山頂付近も眺めは悪いそうだ。
千両山からどんどん下り樹林帯へ。標高差150mくらい落とす。着いた鳥越峠は標高1550mで、出発点の神坂峠より低いのだ。帰りはこの千両山への登り返しが大変である。
ここ鳥越峠には、もっと標高の低い強清水及び追分登山口からの道が合流しており、そちらから登るのなら帰路の千両山への登り返しが不要になるのだが、そうすると展望の千両山に立つことができないので悩ましいところだ。
平坦な道がしばらく続く。時々見る案内板によると、この恵那山までの登山道は「富士見台パノラマコース縦走路」と名づけられているようだ。
やはり雲の中に入ってしまった。場所によっては笹が腰近くまであり、朝露で靴やズボンがびしょ濡れになる。
小さなアップダウンののち道は緩やかに高度を上げる。周囲はドウダンツツジと思われるが、なかなかきれいに紅葉している。花はアキノキリンソウがわずかに咲き残っていた。
再び草原の斜面になり、三角点のある大判山に着く。標高は千両山より高いのだが、雲の高度も上がって何も見えなくなった。どうやらこの先、山頂近くにならないとないと開けた眺めにはあずかれそうにない。
それにしても大判山、千両山と縁起のいい山名が続いたが、とってつけたような感じがしないでもない。昔からそう呼ばれていたのだろうか。
大判山からは再度下り、笹の稜線を緩やかに登り返す。ガスが霧雨状になり、服を濡らすようになる。だが頭上はにわかに明るさが出てきた。雲の縁は水分が多く、雨がよけい強まったりして天気が悪くなるのを経験で知っている。もうすぐ雲を抜けるだろう。
振り返ると中央アルプスや南アルプスの稜線がもう見えていた。急坂を上がるとみるみる視界が開け、視界は狭いながらも北アルプスまで望める展望の稜線に様変わりである。前方には恵那山の大きな斜面。ツツジの木が赤々と、針葉樹に混じって山を広く彩っている。カエデの黄色やオレンジも見られる。
モミやコメツガなど黒木の多い山という印象があったが、こうしてみると恵那山は紅葉する木が多いようである。
ガレた斜面があらわになる。天狗ナギと呼ばれるところで、今でもどんどん崩壊が進んでいるそうだ。以前はガレの縁を歩くような部分もあったそうだが、今は迂回路がつけられ危険はない。標高1860m前後のあたりである。
この後登山道は樹林帯に入っていく。このまま好天が続くといいのだが、恵那山の裏側から大きな雲が湧き始めていた。
先ほどまでの滝雲や雲海は昨日の雨による湿気が山稜に残っていたことから発したもの、一方今度の雲は気温上昇からくる上昇気流、すなわち夏雲である。山稜付近に比べて上空の空気は冷たいようで大気の状態は不安定だ。雨上がりは得てしてこういう雲の多い山行が多い。
樹林帯の登りは高度を上げるにつれ傾斜は増す。さすがにくたびれてきて、休み休みの行動となる。木の向こうに白い空が見えるようになると、ようやく恵那山山頂から続く主稜線である。前宮コース分岐で、反対側から登山道が上がってきていた。
涼しげな森の中でようやく一息。青空の面積がもう、ずいぶん狭くなってしまった。
ここから山頂まで標高差50mほどを残すが、もうほぼ平坦な道である。コメツガに混じってここもツツジの木が多く、あちこちで真っ赤に紅葉している。恵那山がこんなに紅葉の楽しめる山だとは知らなかった。
稜線には祠が点在し、いくつ目かの祠のある場所が恵那山の最高点(2191m)のようだ。
長野県側の広河原コースを登ってきた人にもこの時間になると大勢出会うようになる。皆最高点がどこなのか気になる様子で、神坂峠側から登ってきた自分に対して、この先に山頂はあるかとに質問してくる人もいた。
頭上にはまだ青空が見えるが、周囲の山は見えない。もともと樹林帯の中なので展望は期待できない。
赤い屋根の避難小屋が見えてきた。何人かが休憩しているが先に進む。そこから5分ほどでようやく、一等三角点のある恵那山山頂に着いた。
ここも樹林の中だが小広く明るい地だ。例の「展望のない展望台」も立っている。20年前の百名山ビデオでも、この展望台に上がっている映像はない。おそらくその頃にはもう、周囲の樹林が伸びて眺めがなくなっていたのだろう。そのかわり山頂はツツジの木で囲まれており、紅葉を見ながらゆっくり休憩する。
さてここから広河原ルートを下って、登山口から標高差250mを登り返して神坂峠に戻る無茶な案も考えていたが、やっぱりやめておく。けれどこの周回コースをとる人は意外といるようだ。
避難小屋まで戻り、裏手の岩場に登る。雲多く眺めはないとわかっていたが、一応上がってみた。やはり空と雲だけだった。小屋の周りはやはりツツジが多く、赤い帯ができていた。
前宮コース分岐から長い下りに入る。往復なのでペース配分は問題ない。天狗ナギ前後から周囲が開け、雲ばかりだった眺めも、標高を下げると限定的ながら周囲の山の低い部分が見渡せるようになる。
前方の大判山が笹と紅葉の綺麗な斜面を見せていた。行きで望めなかった眺めが下りでは得られるかもしれない、と期待しながら緩い上下を繰り返していく。
しかしやがてガスが再び稜線を覆い始める。大判山に着いた時は結局、さっきと同じ乳白色の眺めになってしまった。まあ今日はしょうがないか、と半ば諦め気味に下る。
ある程度下って、しばらくして振り返ると、何と大判山が姿を見せていた。こういう間の悪い日はあるものだ。縁起のいい名前の山に見放されて、自分の金運も尽きたかと思うが、こういう時に意外と宝くじが当たったりするものだ。
朝は濡れた笹でびしょ濡れになっていたが、今の時間はもう大丈夫。サクサクと下り、次は千両山への稜線を目で追う。ガスは出ておらず今度は問題ないだろう。
鳥越峠から問題の150mの登り返しだ。下山直前での大きな登り返しというと、やはり北アルプスの朝日岳から蓮華温泉に下る道を思い出す。今日はその時ほどではないにせよ、雨でも降っていたりしたら心が折れそうなコースである。
我慢してその急登を詰めていく。思ったほどの苦労はなく千両山に着いた。紅葉した稜線の先に富士見台高原や麓の飯田市付近が見渡せた。恵那山は残念ながら上の方が雲の中であった。ここからの恵那山を、天気のいい時間に見てみたかった。
なお、このピークには「富士見台パノラマコース山頂」とだけ書かれており、千両山という名前はどこにも書かれていなかった。登山ガイドだけの呼び方かもしれない。
草原状の尾根を下って神坂峠の車道に下り立つ。その車道を利用してのハイカーも多かった。この車道の切り通しが神坂峠ではなく、本当の峠は富士見台方向に少し歩いたところにある。近いので寄ってみた。遺跡発掘地を示す標柱が立っていたが、特に目ぼしいものは見当たらない。
距離が長い分、なかなか面白い山行ができた。この3連休、紅葉名所の山は混雑しそうだから穴場的に選んだ恵那山で、これだけの紅葉が見られたのはうれしい誤算と言えるだろう。
しかし林道を車で下った頃はもう日が傾き始めてしまい、馬籠宿への立ち寄りは叶わなかった。このエリアにはもうひとつ、大川入山といういい山もあるのでまた日の長い時期に再訪したい。
帰りの高速はひどかった。渋滞が収まってから走るつもりだったのだがいっこうに解消しない。普通でも東京まで5時間近くかかるところを、結局この日の帰宅は12時を回ってしまった。