西臼塚のミズナラ。樹齢300年 [拡大]
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各地のブナ林を歩く山行が、今年はなかなかできない。コロナ禍や家庭の事情で新潟や東北ははるかかなたの地となっている。近場では丹沢の堂平を狙っているのだが、ここはもう少し秋が深まったら登ってみたい。
富士山というと、ブナ林どころか森林そのものの印象が薄い。しかし南面の標高1200m前後にブナ林があるのだ。ブナ林というよりも、豊かな広葉樹林と言った方がいいかもしれない。富士山自然休養林と呼ばれている。
自然休養林とは、国有林の多目的利用の一環として、林野庁が国民に森林の楽しさを味わってもらうために整備されたものである。
富士五湖周辺や伊豆の天城山地にも豊かなブナ林があるのだが、ここはまさに富士山のお膝元。大雑把に言えばここも富士山の一角である。
富士山のブナということで、もしかしたら日本のブナ林としては貴重な存在かもしれないのだ。今回はそれを確かめに歩いてみた。
東名高速を走る。まだ昨日からの雨が残り、足柄SAあたりでも霧雨状態だった。
御殿場ICで下り、富士山に向かって高度を上げていくと次第に雲が薄くなり、目の前に赤い富士山がいっぱいに広がってびっくりした。
いつも山梨や神奈川県側から見る富士山は端正で置物のような静かないでたちだ。山中湖周辺の登山道はクロボク土で黒っぽい。それが静岡側から見る富士山は高く、荒々しい。それにこんなに山体が赤いのを見るのは初めてだ。朝日に染まっているせいもあるが、赤土の斜面がよく見えているのだろう。
富士山もこうして見ると、やはり火山なのだというのがよくわかる。それに、五合目より下は緑の部分も多く、今日はあの辺を歩くことになる。
富士山スカイラインは、富士山の富士宮登山口、御殿場登山口などに向かう道路に通じているが、今年はどれもバリケードで通行止めとなっており、人はいないのにものものしい。それでもところどころにある広場には車が停まっていて、人影も見える。ハイキングコースでもあるのだろうか。
標高1000mを超えてくると、結局雲の中に入ってしまった。水ヶ塚駐車場を経てさらに富士山スカイラインを西進。今日のスタート地点である西臼塚駐車場に着く。
広い駐車場に車は2台くらいしか停まっておらず、ハイキング客もいない。道路の反対側に渡り、トイレの横を通って登山口に着く。
案内図があり、何とハイキングコースが大きく制限されていた。今年の富士山登山が禁止になったことを受け、山頂に行かない周辺のコースも立ち入り制限箇所を設けているようだ。今から歩く西臼塚コースも、歩けそうなのは半径数百mくらいの狭いエリアになっている。目論んでいたガラン沢を経由するコースは歩けそうもない。
とりあえず進んでみる。秋口の森林は日があっても薄暗く、すでに夕方のようだ。カラマツ林下の遊歩道は整地され、樹木に木名板もついている。カラマツが主体の森だがカエデ(イタヤカエデやオオイタヤメイゲツ)、キハダ、ミズナラなど落葉広葉樹の巨木も多く、ガマズミやリョウブといった中高木も目の高さで葉を茂らせている。
ベンチのある小広場に着く。左方に道が分岐し、すぐのところにブナが鎮座していた。少し腰をくねらせた大木で、直径50㎝以上はありそう。鬱蒼とした深い森で暗く、カメラの焦点がなかなか合わない。
さらに進むと右手に小山が現れる。木の階段を登って西臼塚の最高点に着く。中央の老木はミズナラで注連縄が巻かれており、石積みと小さな祠がある。
案内板に山の神の説明があるが、「塚」と言ってもここに誰か偉い人の墓があるわけではなさそうだ。小さな盛り上がりを塚と呼んでいるのだろうか。「陵」という字も、てっきりお墓を意味するのかと思っていたら、単なる丘の意味もあるようだし、同じことかもしれない。
この西臼塚は富士山の寄生火山の一つということだ。小さいがお鉢のようになっていて一周できる。歩いてみるとここにはブナがたくさんあった。ブナ広場とも言うらしい。落葉樹の多い森なので新緑、紅葉時にいいだろう。
西臼塚を下り、先ほどの道を進んでみる。果たしてどこまで行けるか。サワグルミが数本あった。水辺もないのに不思議だが、以前は沢が流れていたのだろう。周囲を見渡すと確かに西臼塚の左側は谷地形のようにも見える。サワグルミの先に同じく水場でよく見かけるカツラの老木もあった。
遊歩道らしく分岐がいくつもあって、今自分がどこにいるのかがわかりづらい。分岐のある方向にはロープがかかっており、どうも左方向に誘導されているようだ。林道に出てガラン沢方面に抜ける道はやはり行けないらしい。
下り坂となり、しばらくすると先ほどのブナ大木の小広場に戻っていた。10分ほどて回れる周回コースを歩いていたようだ。
結局1時間しか歩いていないが、これでは駐車場に戻るしかない。さっき車で通り過ぎた水ヶ塚のハイキングコースを歩いていくことにした。
10分ほど車で戻り、水ヶ塚の広い駐車場まで来る。ここには路線バスもやってくるようで、観光客も幾分多い。青空が見え始めてきた。
ここは本来、富士山の富士宮、御殿場両登山口へのアクセス路となっている。もちろんハイキング道としての利用も可能で、両富士山登山口への道を絡めて一周できる。コロナ禍で登山コースが制限されている今は、そもそもこの一周コースしか歩くことができず、富士山の登山口までは行けない。
それでも西臼塚で歩き足りなかったので、ここを歩ければ半日コースとしてはちょうどいい距離だろう。
登山口に入る。林道っぽい幅広の笹の道がしばらく続く。やがて沢筋らしきものが見えてくると登山道らしくなった。歩く人もそこそこいる。
石のゴロゴロした緩坂をせっせと登っていく。やがて右手に直角に曲がる分岐に出た。「上り一合五勺」というところで、直進は富士宮五合目登山口である。その先は立ち入り禁止になっているようだが、直進する人もいた。
右折して、標高差のない山腹コースに入る。ガレているところもなく、歩きやすい。樹林の外側は青空が広がっているので、展望のいいところに出たいがそういう場所はなさそうだ。この先の幕岩はどうだろうか。
モミに交じってオオイタヤメイゲツ、シナノキ、イタヤカエデなど広葉樹も多く、明るい日が差せば新緑時のような瑞々しい緑が目に優しく映る。イトマキカエデと言うのは初めて見た。イタヤカエデのような葉をしているが、少々小ぶりでもある。
南山休憩所に来ると、ブナの大木が1本。今日見たブナの中では一番の巨木だ。
太平洋側の山で見られるブナの多くはもうご老体で、周りに仲間があまりいなく一人ぼっちのブナが多い。この地域のブナは、現在の気象条件等の理由で、跡継ぎをつくることができていないのだ。巨木であることがかえって寂しさを感じさせる。こういうのを見ると、やはり50年や100年後には、太平洋側のブナは絶滅してしまうのだろうなと思う。天下の富士山では残ってほしいものだが、今日見た限りでは予想していたほど個体数は多くなく、旺盛な生命力はあまり感じられない。
再び分岐。須山下山道の「下り一合五勺」である。つまりさっきから標高はほとんど変わっていない。登り側には幕岩というのがあって、その先は歩くことができない。
幕岩の分岐までは急登となる。やせた尾根を登っていくと、右への下り分岐が幕岩、そして御殿場の登山口に通じている。幕岩へは今登った分を下る。あたりが開けたところは岩と砂地の斜面で、ここが幕岩である。
青空の下でありたかったが、にわかに雲が厚くなり、霧が覆ってきてしまった。もっとも、岩壁のようなものが立ちふさがっているだけで眺めもあまりよくない場所だった。小休憩してから登り返し、下山することにする。
樹林帯をぐんぐん下っていくと、まさかの雨が降ってきてしまった。予想ではもう1,2時間くらい先だと思ったが、やはり富士山の斜面なので天候変化は激しいのだろう。樹林が落ちてくる雨をガードしてくれるのだが、それでもけっこうな降りになったので雨具を着けて下る。
T字路に下り立ち、再び水平道を西へ。木と木の間をくぐっていくような狭いクネクネ道は迷路のようだ。意外と時間がかかった印象で、登りの道に合流。登山口に戻ってくる。
雨は弱まったものの、水ヶ塚駐車場は再び霧の中。遠くで雷鳴も聞こえる。こんな天気でけっこう歩けたものだ。しかし富士山の真下にいるとやはり富士山は見えないもので、今日も早朝、麓からの赤富士を拝めたのみだった。
距離は短く、標高差もあまりないので何かの折に再訪したい。