上武国境に位置する城峯山は、平将門にまつわる伝説で知られた山である。
標高1000mそこそこで杉・桧の植林が多く、山頂付近まで車道が通じているので、山登りの対象としては一歩引いてしまいがちである。しかしどこか品格を感じさせる山容、奥秩父の三国山から続く長大な尾根上の最後の1000m峰ということもあって、気になる存在だった。
地理的にも秩父と上州の山々を分かつ位置にあり興味深い。
藤原氏に追われた平将門の最後の城郭地として、この山にはさまざまな伝説が残されている。またそれから1000年を経た明治時代前半に、貧困にあえぐ麓の住民が蜂起するという「秩父事件」が勃発、当時の民主化運動の先駆けとなった。
古来から、大きな情熱とエネルギーを人々に与えてきた山なのであろう。
鐘掛城跡から城峯山
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両神山
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バスのダイヤは事前に調べていて完ぺきだったが、西武と秩父鉄道との接続時間を勘違いしてしまった。皆野町営バス時刻表は、土曜日は平日ダイヤと同じ、しかし西武・秩父鉄道のほうは土曜日は休日ダイヤなので紛らわしい。
西武秩父駅から皆野駅までタクシーを使う(2900円)。バスに乗り換え、西門平に向かう。バスは、雪化粧した北秩父の谷あいの山村を縫うように走って行く。途中から1車線になり、対向車が来るたびに道脇によける。
昨年の破風山でも印象深かったが、この一帯は、観光とはまったく無縁の、昔ながらの山村の風景がまだ残っている。秩父・奥武蔵の山域は、比企、北秩父といった北部の山村の味わいが深く、その情景に触れることも山登りとはまた違った楽しみとなる。
西門平バス停まで、バスである程度標高を上げていく。バス停の上部にあずまやがあり、その奥に山道が続いている。あやうくそこを入っていきそうになるが、もう1人の単独行の人に聞いて間違いと気付く。
車道をバスの進行方向に100mほど歩き、簡易舗装の細道に入って行く。右に神社を見てしばらくして沢沿いの登山道となる。
支尾根に乗り、2度ほど林道をまたぐ。登山道は杉の植林帯の中で積雪はほんのうっすら程度だが、上にさえぎるもののない林道のほうは10cm以上積もっている。
2度目の林道横断のあと、登山道は白い柵に沿って上がっている。時たま眺めが開けるものの、周囲はうっそうとした杉林で薄暗い。
ジグザグの登りが続く。「鐘掛城・城峯山」を示す指導標の他に、「○○線23号に至る」という送電巡視路用の標柱も多く見かける。
やがて植林の中に巨大な送電鉄塔が現れる。積雪は5~10cmくらいと、やや多くなってきた。
依然として杉・桧の植林帯の中である。たまには雑木林をかすめるところがあってもよさそうなものだが、このコースは稜線に出るまで全くそれがない。
巻き道を左に見送り、鐘掛城跡(1003mピーク)への登りにかかる。復路も城跡を通るつもりなので巻き道を行ってもよかったが、城跡から奈良尾峠方面に続く道形をあらかじめ確認しておきたかった。
上武の山々
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頂上電波塔
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ピークに近づくにつれて雪が深くなる。トレースはない。鐘掛城跡のピークに上がり、上州側の眺めが開ける。ようやく明るい尾根歩きが始められる。しかし冷たい風が肌を刺す。これこそ「上州からっ風」とでも言うのだろう。
30cmほど積もった雪はサラサラのパウダー状で、深く踏み込んでも簡単に足を抜けられる。この雪質でこれくらいの深さならミニラッセルも楽しそうだ。
また、城跡ピークからは城峯山の頂上部を初めて見ることが出来る。1000mの標高ながら山の大きさ、深さを感じる。
城跡からの急な下りを経て、もうひとつのピークは巻き道を使う。あずまやのある石間(いさま)峠は車道が乗っ越している。ここまで車で上がって来てしまえば、城峯山登山はほんの往復30分弱で終わってしまう。しかしこの雪の季節は車道は使えない。登山者のみの世界だ。
先ほどの単独行の人が休んでいる。ここから城峯山頂上までの15分ほどの登りは、積雪30cmほどのミニラッセルとなる。
雪の下には木の階段があるらしく、積もり具合が一定でなく、時たまバランスを崩してしまう。
高さ20mはあろうかという巨大電波塔が見えて来る。いよいよ城峯山頂上だ。
城峯山頂上
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奈良尾峠
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一等三角点のある頂上は電波塔に占拠されているが、それでも西側の眺めは素晴らしい。足元には城峯神社の建物が立ち並んでおり、ちょっと独特な雰囲気の頂上である。
電波塔の2階は展望台になっている。上がってみると、これは素晴らしい360度の展望だ。
山岳展望ソフト「カシミール」による、城峯山からの展望図のプリントを見ながら山座同定をしてみる。何と言っても西面の両神山が堂々としている。時計回りに二子山、奥まったところに真っ白の八ヶ岳、手前に赤久縄山、双耳峰の御荷鉾山、眼下に神流湖の蒼い湖面、ずっと遠くに浅間山、谷川連峰、榛名山、上州武尊山、白根山・男体山など栃木・奥日光の山、赤城山、鬼石町か前橋あたりの街並み、筑波山、少し距離をおいて武甲山、丹沢山塊、雲取山、大菩薩嶺、和名倉山、木賊山と甲武信岳、ちょっとわかりづらい南アルプス、そして両神山。
建造物に上がっての眺めであることが唯一残念な点ではあるが、これほどの広い展望はちょっとやそっとではお目にかかれない。時間の経つのを忘れる。
しかし何ともさっきからすさまじい風が吹きつけて来る。寒さで顔の感覚がなくなってきたので、20分くらいで下りる。
山頂を下り、鐘掛城跡に登り返す。正面の踏み跡、奈良尾峠方向へ下っていく。
右が桧の植林、左が自然林で時々カラマツも混ざる。積雪は高度を下げるにつれやや少なくなるものの、地面は見えないためでこぼこした道なのかはよくわからない。しかしヤブっぽいところも岩場もなく、普通に歩ける道だ。さっきの単独の人がつけて行ってくれた足跡を利用させてもらう。
やがて、鬼石町への分岐を左に見て、さらに高度を下げる。方向はほぼ真東、尾根伝いの下りとなる。
このあと小ピークを3つ越すが、それほど顕著なものではない。1つめから2つめのピークの間あたりでは前方が開け、前橋市の街並みや奥日光の山々が見下ろせる。風もおさまり、道が平坦になると送電鉄塔の下に出る。奈良尾峠はそこから100mほどだった。
25000地形図では、鉄塔から峠までかなりの距離があるように見えるが実際は目と鼻の先である。
峠を右に折れ、ほどなく林道に下り立つ。武甲山など南面の眺めがいい。山道に入ったり林道に出たりを繰り返す。
ところどころにある導標風のプレートには「奈良尾・秩父華厳・日帰り温泉」と書いてある。日帰り温泉とは破風山麓の満願の湯のことであろうか。案内板に書くには少し距離があるように思えるが。
秩父華厳の滝
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再び林道と分かれ山道を下りて行くと、いつのまにか奈良尾集落の端に出た。日差しがやわらかく照らし、静かな山里の雰囲気だ。ゆずが多くなっている。ロウバイでも咲いているかと、あたりを見まわしながら歩くが見つからなかった。
林道をさらに下り、小道を左に下って行くと秩父華厳の滝の横に出る。滝は凍結などしておらず、勢い良く水しぶきを上げていた。
滝入口から秩父華厳バス停までは2,3分の距離だ。バス停前の売店は営業していない。車道では除雪車が活躍している。
次のバスまで1時間20分もある。もう1人の人と、このへんの登山コースの話をしながら時間をつぶす。粟野から城峯山への登路、破風山から直接皆野に下るヤブ尾根コースなど面白そうだ。北秩父の山は静かなこともあるが、歩き心地がとてもいい。
城峯山は史実を作った人々をずっと見守り続けてきた、歴史的にも存在感の大きい山である。
今回は城峯山を東側から登って同じ方面に下りたが、西麓の万年橋~半納からの道も、歩いてみれば何かいい発見がありそうだ。城峯神社と付近の展望の楽しみもまだ先に取っている。
また、秩父側から山を越えて上州側に下りる(あるいはその逆)という「上武越え」も興味のあるところだ。早春の花の咲く頃にまた訪れてみたい。
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