深田久弥終焉の山として知られる茅ガ岳の東に、南北に短く伸びる尾根がある。曲岳、枡形山、黒富士、太刀岡山と小さいが個性のある山が連なっている。
この付近は甲府に近い割にはアプローチが不便で、今まで後回しになっていた。1500m前後と低い山ばかりで、夏季は下草が繁茂し快適とはいえないが、敢えて登ってみた。
太刀岡山の鋏岩(登山口付近から)
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甲府の隣り、竜王駅で下りたのは初めて。竜王駅は一見閑散とした田舎の駅のイメージだが、甲府市による都市拠点整備事業の一環として開発・整備化が進んでいる。
駅前に合同タクシーの営業所があり、今日は太刀岡山へはタクシーでアプローチする。甲府からバスが出ているが時間が遅く、あまりゆっくりできない。タクシー代に見合うだけの、充実した山行に果たしてなるかどうか。
運転手さんに聞くと、太刀岡山へはやはり竜王駅からが一番近いようだ。市街地を抜け山奥に入っていく。
正面に三角錐の尖った峰が見えてくる。あれが太刀岡山です、と運転手。タクシー代は太刀岡山登山口まで4060円と値が張ってしまった。
雲の多い中、下芦沢集落を出発。頭上には太刀岡山のシンボルである「鋏岩」(はさみいわ)が突き出ているのが見える。
まだ残暑厳しいが至るところで稲穂が揺れ、初秋の風景が和む。道端で休んでいるおじさんと挨拶をする。太刀岡山は矢印の方向に進みなさい、とのこと。
民家の脇をするりと抜け、檜の樹林帯に入る。民家の裏が登山口とは、西上州を連想させる。山の形が個性的なのも西上州の山と共通する。
登山道はのっけから急登である。傾斜の緩む間もないまま、大岩の基部に着く。そこからさらに急な登りでさっき見えていた鋏岩に到着する。岩には登れるような足がかりがあるが、雲りがちで展望も望めそうにないため、先を急ぐ。
急登はさらに続く。下草がわずらわしい。夏の季節はこういう低山は草いきれでムンムンする。冬であればそこそこ眺めもききそうだが、今は鬱蒼とした樹林が完璧なまでにカーテンの役目を果たしている。
いったん樹林が切れるが、ガスによって眺めなし。そのまま太刀岡山の頂上に登りつく。一組の夫婦が休憩している。
富士山の方角はじめ、何箇所かに切り開きがあるものの今日は白一色。しかし腰を上げる頃には、おぼろげながら周りの山の稜線が浮かんできた。
「黒富士・平見城」との指導標に従い尾根歩きを始める。木の枝葉が行く手を阻み、かなりエネルギーを使う。晩秋から冬にかけてはそんなことはないのだろう。
樹林が切れると前方左に黒富士から曲岳への稜線が見えた。曲岳は本当に頂上部が小首をかしげるように傾いている。さらに進むと雲間から甲斐駒が突然姿を現す。
道はやがて急降下して林道に出る。越道(こいど)峠というところだ。草がぼうぼうで林道の役目を果たしていない。この林道を下ると平見城とのこと。黒富士・鬼頬山への入口は林道を少し左に行ったところにあった。
道は緩い登りとなるが、今日の核心部はここからであった。とにかくヤブというか下草の勢いがすごく、手でかき分けかき分けしながら進む。踏み跡はあるが草で完全に隠れている。くもの巣も多い。ストックを持ってこなかったので木切れを拾って、目の前にはびこるくもの巣を払いのけながら前進する。
前方に三角形の形をした鬼頬山(おにかわやま・1516m)が見えるが、標高差はかなりある。急登が予想された。
やがて下草はなくなるが、やはりきびしい急登が待ち構えていた。鬼頬山の南斜面をそれこそはいつくばるように、薄い踏み跡を登って行く。
あまりの急斜面なので補助ロープが現れるが、それは頂上直下まで切れることなく続いている。ロープにつかまってても後にひっくり返りそうになるので、細心の注意を払う。ハクサンフウロなどが咲いていて意外な感じがする。
曲岳、八ヶ岳
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金峰山と瑞牆山
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ようやく傾斜が緩み、山頂かと思うがさらに緩斜面を登る。ようやく鬼頬山とマジック書きしている山名板を見る。どっかりと腰を下ろして疲れを癒す。今日は思った以上に大変な山行になりそうな予感がした。
その後3つほどピークを超える。3つめのピークに再び鬼頬山の山名板。鬼頬山とはこのあたり一帯の山稜を指すということなのだろうか。林床に季節外れのギンリョウソウがニョキッと顔を出している。
笹が出てきて、少し高度を上げた感が出てくる。切り開きに出ると狭いが草原状の尾根。ワレモコウ、シシウドなどが咲き残っている。登りついたピークは再び薄暗い樹林の中。表示はないが八丁峰であろう。
黒富士は右。左の八丁峠の方向にもテープが付いている。黒富士に歩を進めると、ようやく穏やかな樹林帯歩きとなってホッとする。八丁峠への分岐を見、最後の登りを経て黒富士の頂上に飛び出す。
細長い頂上に樹林も生えてはいるが、歩き回って一通り全方向の眺めが得られる。富士山・南アルプスの方角は依然雲が厚いが、北側の岩場に出ると金峰山、瑞牆山の眺めが素晴らしい。その左には、枡形山越しに八ヶ岳。曲岳への稜線を隔てて茅ガ岳の眺めも得られる。
とびきりの眺めというわけではないが、ここまでほとんど展望らしい展望がなかったので感動がある。
天気もだんだんよくなってきた。しかし下山路がどういう状態かわからないので、時間には余裕を持たせたい。名残惜しいが下山とする。
八丁峰を今度は北側から巻く。枡形山への分岐点も草原状になっていてアザミ、トリカブトが見られる。枡形山は標高1650mでこのあたりの最高峰、360度の展望が得られるとのことなのだが、今日のところはやめておく。
集落の風景
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稲穂垂れる
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八丁峠は十字路になっている。左折は黒富士農場から朝の登山口に戻る道、直進は曲岳方面なのだが、右は観音峠と書かれているので奇妙だ(観音峠は曲岳の先だから)。おそらく観音峠に通じる車道に下山する道なのだろう。
さて左折して下山とするが、登路以上に踏み跡がわかりづらい。下草に隠されているのもあるが、踏み跡そのものがあまりはっきりしていないようだ。歩かれていない道なのか。
赤岩という大きな岩の基部を過ぎると完全に踏み跡を失ってしまった。枯れ沢沿いに下ってみるがヤブに阻まれてしょうがなく登り返す。
やがて意外な方向から、自転車を担いだ人が登って来た。この先の植林帯で踏み跡ははっきりすると言う。たしかに杉か檜の林が見える。言われるままに行くと登山道は復活した。やれやれ助かった。
以後、左に沢を見ての高巻き道となる。
やがて右からも沢を合わせる。小沢で顔を洗い、緩い下りを経て開けた場所に出る。黒富士農場である。
上部に曲岳への緑の稜線が青空に映えている。ここへ来て天気は完全に好転した。あと2時間ほど早くよくなってくれればよかったのだが。
養鶏場を過ぎて観音峠林道に出る。朝出発した登山口の先、清川バス停まであと1時間弱の歩きだ。正面の太刀岡山の尾根を見上げながら下る。
八丁峠からの下りでは少々迷ったがバス時刻にはかなり余裕の到着であった。見上げると鋏岩と太刀岡山、曲岳などの山稜がくっきりととらえられる。南方にはいつのまにか、富士山も大きな姿を現していた。
富士山はこの後、バスや中央線の車窓からずっと見え続けていた。今日は、秋の長雨前の貴重な晴れの日となったようだ。
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