関東甲信は梅雨がなかなか明けないうち、海の日を含めた三連休がやってきてしまった。いつもなら夏空の下、八ヶ岳などに繰り出しているが今年は今のところ、全くそんな雰囲気ではない。
少しでも雨雲に遠い山域を見つけて登りたい。いつもいっしょに行っている友人が、この日は久しぶりの山のため、あまり標高差のない手軽な山ということで、奥秩父の北奥千丈岳にした。
国師ヶ岳山頂から望む北奥千丈岳は、コメツガとダケカンバのパッチワーク
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この奥秩父最高峰の山へは、大弛峠まで車で上ってしまえば、1時間で登頂できてしまう。山を純粋に愛する人に対しては申し訳ない、後ろめたいコース選択である。自分は以前、金峰山からの縦走でこの北奥千丈岳と国師ヶ岳を通過した。もう19年前、何と20世紀中のことである。
その頃は、山梨県側からの大弛峠までの車道は今のように整備が行き届いてなく、車で来るのも意外と大変だったらしい。今は麓から路線バスもやってくるほど、完全舗装のいい道が通じている。
勝沼インターを下り、小楢山の登山口である焼山峠方面を、まずは目指す。ここを経由して大弛峠へ通じる林道を上っていく予定だったが、焼山峠手前の林道が倒木のため、通行止めのゲートがかかっていた。しようがないのでもう1本東側の、乙女湖から上る道で行くことに変更。一度上った林道をかなり引き返したため、30分程度のロスとなってしまった。
途中で路線バスのワゴン車を追い抜き、9時過ぎにようやく大弛峠着。ここまで同じ登山者と思われる車も見なかったし、天気がよくないので空いているかと思ったが駐車場は満車で入れなかった。
ここから、金峰山を往復する人がやはり多いのだろう。また、登山口の横にテントも張られているので、北奥千丈と金峰山を両方登る人もいるようだ。
頭上の空は意外にも青い。関東甲信地方で青空を見たのはいつ以来だろうか。
峠の少し下に路駐して出発する。登山道に入るとすぐに大弛小屋、そこからは針葉樹林の静かな道が続く。行き交う人は多い。傾斜が急なところが多く、そういうところは木の階段がついている。
樹林は、針葉樹のほうはコメツガがほとんどだ。コメツガの葉の長さは全体的に短めで、微妙に不揃いである。でもここのコメツガの葉は、不揃いながらも全体的に長めのものがあり、もしかしたらシラビソなのかな、と思ってしまう。両者の違いは大菩薩の黒岳で会得したつもりだったが、またよくわからなくなってしまった。
少し高みに上ると眺めが開け、広葉樹林の明るい緑色がパッチワークのようになっている。広葉樹はダケカンバが多くを占め、ナナカマドが少し。標高が高いからか、構成樹種は単純である。
花は少ないながらも、登山道沿いにミツバオウレンやイワカガミを見る。シャクナゲはまだ蕾が固い。
山名標識の立つ前国師に着く。その先が分岐となっており、北奥千丈岳のほうを先に登る。周囲は開けているが、ガスが出てきて眺めがさえぎられる。
シャクナゲのはびこるほぼ斜度のない道を数分で、北奥千丈岳に着く。やはり大弛峠からではあまりにもあっけなく、奥秩父の奥山を極めてしまった。
北奥千丈岳にはハイマツが茂っていた。奥秩父でハイマツが見られるのは金峰山周辺とこのあたりしかない。東北や北海道の山だと標高1000mで見られるところもあるが、南関東・甲信では八ヶ岳、南アルプスも含めこのあたりが限界点だ。ハイマツは氷河期時代からの生き残りなので、新しくできた山である富士山には全くないというのも面白い。
ガスが濃くなって、周囲は岩とハイマツと低潅木以外に眺めが得られなくなってしまったのが残念だ。
分岐に戻って、今度は国師ヶ岳へ。同じような山で標高もそう変わらないのに、ここにはハイマツがない。雲が薄くなり遠くの山の稜線が少し見えてきた。岩にこびりついた、アカモノのような小さなかわいい花はコケモモだろうか。目の前の北奥千丈岳がなかなか立派な姿で横たわっている。
下山は夢の庭園を経由していく。ここは木の階段沿いに斜面の縁を下っていくので眺めがいいはずだが、今日は見事なくらい真っ白。まあこういう日もある。梅雨真っ盛りの時にこんな高い山を歩けているだけで、奇跡みたいなものである。そう考えることにしよう。
大弛峠に下山。これで帰ってしまうと地味な1日で終わってしまうので、乙女高原の花を見ていくことにした。ここ大弛峠に車で来ていれば帰りがけの駄賃で行ける。巷の山行記録を見ても、北奥千丈岳のついでに乙女高原に寄っていく人は意外と多い。
峠から40分ほどの運転で焼山峠へ。ここからも歩いて登れるのだが今日は徹底的に省力化で、この先の乙女高原グリーンロッジまで車で行ってしまう。
乙女高原へは初めて来た。標高1700m圏の緑溢れる草原地であり、夏は高山植物が咲き競う。
普通こういうところは、野生動物の食害から花を守るためにお花畑は柵やネットで囲われ、見物者は囲いの外側から眺めるケースが多い。乙女高原は草原地一帯が柵に囲われ、歩く人は柵の中に入って歩き回れるようになっている。逆転の発想というか、ちょっと珍しい。
その柵の中に入ると、アヤメやヤマオダマキ、ヨツバヒヨドリなどがさっそく見られた。草原地を少し登るとヨモギ頭というピークがあり、その先に小さいながらブナ林が広がっていた。
さらに奥に行くと「ブナじいさん」という1本のブナが立っていた。それほど巨木ではないものの、どっしりとして風格がある。標高1700mを超えたところにブナがあるのは珍しく、日本全国で見てもおそらく奥秩父や奥多摩くらいにしかない。新潟や東北のブナの多い山でも、標高1600mあたりが限界ではないかと思っている。昨年登った加賀白山もそのくらいだった。
乙女高原の草地には遊歩道がつけられており、ゆっくり歩いても30分強で一周できてしまう。キンバイソウやアザミ、シモツケソウも見ることができたが、高山植物をしっかり見るにはまだ少し季節が早い。ウツギやレンゲツツジも終わっている今の時期は、北奥千丈のシャクナゲもアズマとハクサンのちょうど端境期だったし、花見の山行としてもやや中途半端だった。でも、山が久しぶりだった友人にとっては、ちょうどいいリハビリの山となったようだ。
焼山峠からの下りの車道が通行止めで使えないため回り道をして下り、花かげの湯で汗を流して帰る。