黒滝山は毛無岩や大屋山とともに西上州・荒船山群の一部を形成している。標高880mの観音岩を最高点とするが、黒滝山という独立した名前の山はなく、周辺の山中一帯の総称である。
小さな山ではあるが西上州の山のご多分にもれず、九十九谷や馬ノ背に代表される険阻な岩峰の稜線が連なっている。
昨年訪れた笠丸山・諏訪山のある神流川流域の山群よりも、都心からは離れているのだが、交通の便ははるかにいい。
高崎駅から上信電鉄に乗る。ここ数日で一気に春爛漫の陽気になった。いくつかの駅には桜が植えられているのだが、どれも見事に満開。電車は山間を縫うように走る。ミツバツツジが、窓から手を伸ばせばさわれるようなところに花を付けている。
終点の下仁田駅で下りる。周辺の山肌にもまた、ミツバツツジの紫色が目立ち始めた。西上州の山は、春先にアカヤシオなどのツツジが見頃になる。
4月2週目では少し早い気もするが、少しでもアカヤシオはお目にかかれるであろうか。
鷹ノ巣山の岩峰
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雨沢行きの南牧バスに乗る。終点から少し先の営業所まで乗せてもらう。六車バス停まで、南牧川沿いの車道を歩く。
六車はカタクリの群生地があるとのことだが、今時分は少し時期が遅いかもしれない。正面遠くに、ミドリ岩の奇っ怪な岩峰がニョキニョキと伸びている。
橋を渡り、山間の道を緩やかに登って行く。古びた民家や馬頭観音の石碑などを見ながら、20分ほどで住吉橋。道なりにしばらく行くと、正面に鷹ノ巣山という岩峰が見えて来る。まずはここを目指すのだが、取り付き口がよくわからない。
前に停まっている車から登山者が下りてきた。聞くと、登山口はもう少し先とのこと。この人はこれから富士浅間山に登るそうだ。
さらに少し行くと、右手の公民館らしき家の前に指導標が立っている。民家のすぐ横を通って登山道に入る。
ユリワサビ、アズマイチゲの咲く斜面を上がる。「月形山」という古い導標がある。月形山とは富士浅間山のことらしい。
農地の間を進むと正面に鷹ノ巣山が大きく見えている。ほどなく分岐があり右には「富士浅間山、焼山峠」との導標が立っている。正面へ上がって行く道には何も書かれていないが、そちらに進む。
アカヤシオツツジ
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杉林の急登をしばらくこなすと枯れ沢、鷹ノ巣山はもう目の上である。やがて倒木の折り重なる場所に出て、踏み跡がわかりづらくなる。
左の急斜面を登れば近そうだが岩場で危険だ。倒木を越えると踏み跡が復活、木につけられた赤テープを頼りに、右上方に見える雑木の稜線目指して登る。
稜線に上がる。右に(不動寺を経て)上底瀬の指導標がある。左折して鷹ノ巣山のピークに行く。
岩場のけっこうなやせ尾根で足運びを慎重にせねばと思うが、ついさっきまでゴリゴリの急登だったので切り替えがなかなか効かない。気持ちのよい雑木の中をしばらく行くと赤っぽい色の物が目に入ってくる。近づくとやはりアカヤシオツツジだった。
下底瀬を見下ろす
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まだ咲き始めて間もないようで、色あいがどことなく初々しい。あたりはまだ芽吹き前の灰色の世界なので、よけい鮮やかに映る。
右に上底瀬への分岐を見てひと登りすると、鷹ノ巣山頂上(767m)だ。南面の展望が素晴らしく、烏帽子岳・笠丸山などの神流川流域の山々がいっぱいに広がる。見えているのは北斜面なので上の方はまだ雪で白い。右手に大屋山、左に富士浅間山が肩を並べている。
目の下にはさっき通ってきた下底瀬の民家がマッチ箱のように見える。標高の割に高度感のあるピークだ。
分岐まで戻り観音岩方面に進む。暑いので腕まくりをする。やがて足元は1枚岩の稜線となり、左手はスパッと切れ落ちていてスリルがある。九十九谷(くじゅうくたに)と言って、ザクザクの岩の斜面が真下に落っこちていて、覗き込む気になれない。
しかもそのすぐ下には集落が見えているので奇妙に感じる。
観音岩
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再び雑木の落ち着いた登りになる。稜線と出合い、右に5分ほど登ると観音岩(880m)だ。観音様の碑と祠がある岩塔からは、まさに360度の展望が広がる。
東に一昨年登った鹿岳と四ツ又山、その奥に妙義山。南面には整った三角形の御荷鉾山を初めとして、神流川流域の山群がズラリ、佐久の山々まで見渡せる。
長めの休憩を取る。ボカボカと暖かく、時々谷底から吹き上げてくる涼風も気持ちいい。1年ぶりに味わう、うららかな春の山の空気だ。
雑木の尾根を緩く下って行く。木の間から、眼下に下底瀬・上底瀬の集落が見え隠れする。やせ尾根になり大きな岩の東側を巻くが、枯葉の敷き詰められた道は滑りやすくちょっと危ない。
この岩は展望台になっていて、巻いた後戻るように尾根を登ると岩の真下に着く。ちょっとした休み場にもなっていて、ここにもアカヤシオが花を付けている。
垂直の鉄梯子
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いったん急降下する。足元が岩がちになってきたと思うと、ついにロープが現れる。
ここから先は鎖、ロープ、梯子が連続する「馬ノ背」だ。あたりが開け、進む先に、黒滝山不動寺の赤い屋根が見えて来る。
幅1mほどのやせた岩稜の下りは距離は短いが、足の置き場が見えず緊張する。踏み外したら数10mは滑落するだろう。
馬ノ背
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その先に、ほぼ垂直に架けられた鉄梯子を下る。下を見ると目が回りそう。権現岳(八ヶ岳)の源治バシゴを短くした感じだが、こっちは両側が切れ落ちているので緊張度は高い。
鉄梯子を下り切ると、なおも岩稜は続くがそれほど危険はなくなり、少しの間だけ見通しのよい歩きとなる。
下から軽装のグループがやって来る。不動寺付近に散策に来たついでに登って来ているようだ。登りはなんとかなるだろうが、果たして下れるのだろうか。この登山コースは、高所恐怖症の人は不動寺分岐から鷹ノ巣山に向かい、下底瀬に下りたほうがいい。
岩稜を過ぎるとみたびアカヤシオ、ほどなく杉林をかすめ、不動寺への分岐に着く。
ここを右折すれば黒滝山不動寺を経て小沢橋、またトヤ山・毛無岩を経て荒船山に向かう縦走路にもなっている。この道も興味惹かれるが、東京から日帰りで来るにはちょっと時間が足らない。またいずれかの機会に訪れたい。
カタクリ
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スミレ咲く林道を下り、養豚場や田畑の間を縫って上底瀬へ。付近は菜の花、梅が満開。路端にはスミレ・フキノトウ、そろそろ桜も開花しつつある静かな山間の集落だ。斜面にはカタクリが何箇所か群落をなしている。
朝右折した車道と出合い、六車バス停へ戻る。
バスを待っていたらタクシーが停まった。南牧バスが故障したとのこと。タクシーも営業しているので代行で運送している、と。車は普通の5人乗りだったので乗客が多かったらどうするのだろう、と思ったが、結局下仁田駅まで乗客は4名だった。土地の人々は大らか、のんびりしたものである。
下仁田駅前の喫茶店でソフトクリームを買い、電車を待つ。短かったが気持ちのよい山行だった。
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