千葉県の山と言えば、観光地化された鋸山くらいしか知らなかったが、南房総の富山(とみさん)が関東百山に入っている。関東に住む登山者としては千葉県の山に登らないわけにはいかないので、出かけてみることにした。
ネットを調べると、富山の近くに伊予ヶ岳というのがあり、これがなかなか面白そうなので合わせて登る。
伊予ヶ岳山頂から双耳峰の富山を望む
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車で、自宅からいつもと反対の方向へ発進する。工業地帯の幹線道路を抜け、大師インターから首都高、その少し先で東京湾アクアラインに入る。山に行くのにこの道を走るとは思わなかった。しかし木更津よりさらに南にあるのこの地は、アクアライン開通により断然アクセスが楽になった。
館山自動車道、富津有料道路を走り、周囲には低いながらも丘陵地帯の眺めが広がった。山肌を見ると葉の落ちた落葉広葉樹よりもやはり常緑樹が多くを占める。
富山中学校近くの無料駐車場に着くと、双耳峰の富山がもうすぐそこにあった。あたりは明るく開けた平地で、やはり奥多摩や丹沢の山地と違って深い谷の地形がなく、日光に恵まれた地という印象がある。
なお、現在は南房総市に編入された旧富山町は「とみやま」、山のほうは「とみさん」と呼び分けられている。水仙の植えられた県道を富山のほうへ歩いていく。
福満寺の敷地に入ると2001年、皇太子妃の雅子さんがご懐妊されたときの新聞記事が建物の壁に貼られていた。富山は子宝の神を奉っている山。なかなか跡継ぎの出来なかった皇太子夫妻がそれを知っていたのかは定かではないが、ご懐妊の2年前にこの富山を登られているのである。
建物の右の坂道を上がり、振り返ると海岸線に浮かぶ船が見えた。単車なら登っていけそうな、半舗装の林道となる。一合目を示す石柱があった。300m程度の山なのに、これから10度も合目数を刻むのだろうか、興味のあるところだ。
檜の植林に混じって常緑樹も山地を覆うが、ところどころで紅葉したモミジも見られる。折からの強い風によりカサカサ、と葉のこすれる音があちこちから聞こえてくる。
二合、三合、四合目と緩やかな登りが続き、目立たないピークを越える。五合目で荒れた踏み跡を合わせた後はやや登山道らしくなり、階段状の登りに転ずる。けっこうな急登な上意外と疎林なので、折り返すたびに少し眺めが開ける。日当たりのよい斜面には、スミレの咲き返りが見られた。
九合目を過ぎると大木があり、階段をひと登りして観音堂という社の前に出た。その一段上が電波塔の立つ富山南峰だった。この電波塔は麓からもよく見えたが、山頂には大きなあずまやがあるだけで眺めはない。
南峰からは鬱蒼とした樹林帯の尾根となって、ボタンスギの木のある場所に皇太子妃ご懐妊記念の愛の鐘が設置されていた。
鞍部で下山予定の分岐を見た先が南総里見八犬士終焉の地で、林道が上がってきていた。この林道を下って伊予ヶ岳につながっているというのだが、車道を歩いていくものだ。今日はいったん下山して、車で移動することにしている。
ひと登りで富山北峰に到着する。右手の大地に山名標柱があったが、正面の整地された広場の立派な展望台に上がってみる。大きな展望が広がった。
何と言っても海の眺めである。東京湾の青い海面には大小たくさんの船が浮かび、臨海工業地帯の建物や煙突が無数に見える。いつもの山の眺めとはひと味もふた味も違う。そしてその奥には三浦半島越しに富士山。
左手前には、普段地図で見る千葉県南部の地形そのままに陸地が続いている。黒々とした富山南峰の左には太平洋も光っている。風の冷たさをしばし忘れ、海の近くならではの眺めに見入った。標高300m台の山としては十分過ぎるくらいの展望である。
ここは春の花咲く時期や紅葉期には多くの地元の人で賑わうのだろう。散歩気分で登れるので、鍋を担いでの山も楽しいかもしれない。
鞍部まで戻り、「伏姫の籠穴」方面へ下山する。階段の急な下りが続く。鎌を持った2人の顔の似た若者が登ってきた。兄弟で山の整備作業だろうか。程なく林道に下り立ち、残りの紅葉を見ながらの歩程となる。
ここまであまり人に会わなかったのだが、30名以上の団体のハイキンググループが登ってきた。上は風が強いかと聞かれたので、思ったほどでもなかったと答える。しかし今日は午後から風がかなり強くなる予報となっている。
「伏姫の籠穴」(ふせひめのろうけつ)は、立派な門構えをくぐり、若干の登りで見ることが出来る。南総里見八犬伝の話のひとつとして知られており、落城し敵に追われた伏姫が隠れ暮らした洞窟とされている。
実は富山の山頂部から西に緩やかな尾根が伸びており、この伏姫籠穴はその尾根から少し下ったところに位置している。もしかしたら富山から尾根伝いに歩いて、伏姫の籠穴に来れるのではないかと登る前に想像していたのだが、山頂で尾根筋に道があるか確認をするのをすっかり忘れていた。
ただこの籠穴から西には登山道は伸びており、どうやら道の駅のある富楽里(ふらり)方面まで歩けそうである。
水仙の咲く里道を歩き、工事作業中の富山中学校の前を通って、出発点の駐車場に戻ってきた。
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次は伊予ヶ岳である。車で県道を走り10分ほど、登山口である平群天神社に入る小道は、前もってグーグルのストリートビューで確認しておいた。昨今は相当辺鄙な地域の登山口も、このストリートビューの映像で見ることができるようになったので、登山口がどこか迷うことがあまりなくなった。もっとも登山口を探す楽しみを奪われた、とも言えようが・・・。
天神社は菅原道真を祭った神社だそうである。平群と書いて「へぐり」と読む。小さい頃学校の歴史か何かで学んだ記憶がある。富山同様、ここにも登山者用の駐車場があった。
歩き出し、ふと上を見ると伊予ヶ岳と思われる鋭い岩の塔がそびえていた。伊予ヶ岳は、特徴ある形の岩が縦にズンと突き立っている山である。西上州の山でよく見られる山容だ。
片側に竹林を見ながら、開けた農道を歩いていく。やがて竹林に入る。竹の緑は青々としていて、落葉樹林の新緑の色に似ている。林道状の道を左折して本格的な登山道となる。時折り階段は現れるものの、富山の遊歩道化された道と比べれば登山道らしさが感じられる。
樹林の中を登り、富山への分岐を見てさらに進むと尾根に出る。展望地になっていて南側の眺めが得られた。展望地から先も薄い踏み跡があったので入ってみたが、すぐにヤブ深くなったので引き返す。
尾根まで戻るとそこには「ハイキングコースはここまで」との標識が立っていた。いよいよ伊予ヶ岳の核心部に入る。突然急登になったと思うとロープの垂れ下がった岩場に行き当たった。足元に注意しながら登るが、この後も同じような急傾斜の岩場が連続していた。足ノ置き場は豊富なものの、一箇所だけ進行方向が途中で変わる岩場があり、そこは注意を要する。
背後の眺めがどんどん広がり、伊予ヶ岳南峰に飛び出す。下から見上げたあの岩塔のてっぺんに立ってみる。保護柵の内側であるものの、高度感があってかなりスリリングである。展望は正面に双耳峰の富山がよく見える。富山よりも少し内陸側に位置している分、周囲の丘陵地帯を広く見下ろせる。
南峰から稜線伝いに行ってみる。途中で振り返ると、南峰の荒々しい岩塔があらわに見えた。そして北峰も好展望である。ピークからダイレクトに急降下する踏み跡が見られたが、こんな斜面を登ってくる人がいるのだろうか。
南峰に戻ってコーヒーを作り、軽い食事をする。そのうち何人かが登ってきた。駐車場に車も何台かあり、日も高い時間なのに途中で何人かすれ違ったりしたので、地元の人にとっては身近な人気の山なのだろう。
岩場を慎重に下る。同じ道を往復も味気ないので、途中で富山への分岐道に入る。こちらも下山は早く、樹林帯下のしばしの下りのあと、明るい林道伐採地に出る。一軒の民家を右に見ながら緩く下ると林道に出会い、そのすぐ下で県道に下り立った。
振り向くと伊予ヶ岳の岩峰が青空に、それこそ挑むように聳え立っていた。かなりインパクトのある山容、そして登って楽しい山だった。千葉県も魅力のある山を持っている。
県道を15分ほどで天神社に戻ってくる。山に2つ登ってもまだ1時過ぎ。小さな山ばかりだったが充実した半日が送れた。
道の駅「富楽里」富山に立ち寄り、鯨肉や海苔など海の幸を買っていく。帰りのアクアラインは強風が吹き速度制限がかかっていた。