新型コロナウィルスによる緊急事態が続いている。世の中の活動自粛の流れが登山やハイキングにも及び、県境をまたいだ移動の自粛、奥多摩町などの来町自粛依頼と、東京に住む登山者の行動範囲は決定的に狭められている。さらには日本の山岳団体による山岳スポーツの自粛に関する共同声明、これが大きな流れを作った。
そんな中でも敢えて登山している人はいるようだが、自分はやはりこの歳で社会的立場というものもそれなりにあり、国民として勝手な行動はできないと思っている。宣言が解除されるまで登山は控えることにした。
東京都や神奈川県は感染率が高く、しかも感染経路が不明な例も多いため、陽性者が減少しても油断がならない。5月最終週に解除の見通しとの報道もなされているが果たしてどうなるか。状況が毎日変わり先が見えない。
それから、企業や店舗の営業自粛が緩和されたとしても移動の自粛解除とは別なので、「山に行けない状態」はしばらく続くかもしれない。富士山の全登山道封鎖や八ヶ岳の主な山小屋が今シーズン休業決定したように、山の関係者の多くは今年の夏山シーズンをすでに諦めているようにも見える。(5月24日一部加筆修正)
自分にとって2か月以上山に登らないのは、登山を始めた23年前以来、経験がない。
他方ここ数年、登山つながりで森林に興味を持つようになり、山に行かない日は自宅近くの自然公園や神社で樹木観察をすることに面白さを見出すようになった。
林試の森公園
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自宅から歩いて15分くらいの所に、「都立林試の森公園」という自然公園がある。元は環境庁(省)所管の林業試験場だったところで、明治から大正、森林についてのさまざまな研究が行われた場所である。その後、研究拠点はつくば市に移管され、この地は東京都に払い下げられて公園として使われるようになった。12ha(120000平方メートル)もあるかなり広大な森林公園で、品川・目黒区民の憩いの場となっている。 自分も、もう数十回は行っている。
ゴールデンウィーク以降、自分の職場も出勤抑制が続いており、散歩と称して林試の森へ行く回数が増えた。と言うか、天気が悪くなければほぼ毎日行っている。
山行報告をずっとホームページに載せられないのもつまらないので、ここは林試の森の観察記をつづることにした。
林試の森はとにかく樹木の種類(樹種)が多い。過去に研究材料として植林されたものが今、大木となって元気に生育している。それに、外国産をはじめ日本ではあまり自生していないものも数多く見ることができる。山で本来見られる森林とはやや趣を異にするが、最近はこうした外来種や交配雑種も低い山でよく見かける。
登山を再開した時、森林がこれまでとは違った新しい視点で眺められるのではないか、と期待している。
林試の森公園は、通常は一番大きな東門から入っていく。カザンデマリカザンデマリ(5月12日)の白い花を見て入口に入る。まず目に入る白っぽい木はシマサルスベリシマサルスベリ。葉のつき方は右・右・左・左・・・のコクサギ型葉序となるが、ほとんど対生に見えるものも多い(5月9日)だ。サルスベリ自体、山で自生していることはなく、このシマサルスベリと同じく街路樹や公園樹として植えられる。サルスベリはすべすべした樹皮のほか、葉のつきかたも独特だ。枝につく葉は普通、互生(右、左、右、左・・・と互い違いがつく)か対生(同じ個所から左右につく)となるのだが、サルスベリは右、右、左、左、とつく(コクサギ型葉序)。そういうつき方をする何か理由があるのだろうか。
もっともシマサルスベリのほうはこの傾向があまり強くなく、ほとんど対生にしか見えないものも多い。
公園内は基本的には平坦な舗装された歩道となっているが、時々土の枝道が分岐する。野草の径に入ってすぐに、エノキエノキ(5月24日)。開花時(4月3日)が目に入る。直径60㎝、高さ20m以上の大木だ。エノキは公園内に何本かあるが、これが一番立派で、おそらく林業試験場のころからすでに主役級だったろう。エノキのそばにはイイギリイイギリ。大きな葉と長い葉柄(5月10日)も立っている。
イロハモミジイロハモミジ(5月12日)が数本。イロハモミジはほかの木よりも一足先に開葉する。山ではあまり気づかないが、春先、このあたりで一番早く芽吹いて新緑の装いとなったのがこのイロハモミジだった。同じ高度でたくさんの木があると、開葉や開花のタイミングの違いが如実に表れる。
いったん舗装路に戻って反対側の土の道に少しだけ入ると、中低木のゲッケイジュゲッケイジュ。葉は硬そうでやや波打っている(5月9日)が1本ある。なじみのある名前だが地中海沿岸原産だそうだ。別名ローレル。1年じゅう葉をつけている照葉樹で、パリパリしたイメージの葉は波打っている。
舗装路を行くと左は河津桜の広場で、2月の開花時は多くの花見客で賑わう。クスノキクスノキ(5月9日)。 葉は三行脈(5月12日)の大木が鎮座している。直径は1m50㎝くらいだろうか。林試の森公園にはクスノキの巨木がたくさんあり、見どころの一つとなっている。河津桜の反対側にはイスノキイスノキの葉は虫こぶだらけ。樹皮は明るくすべすべしている(5月9日)。この木は虫こぶのできやすい木である。ぱっと見ではやや気持ち悪い気もするが、意外と公園樹としてよく植えられている。樹肌がなめらかで、若い木だとなかなかスマートないでたちだ。葉は光沢のある卵型だが、やや角ばっているのが特徴だ。
ダイサンボクダイサンボク。葉(5月12日)は照葉樹の中では一番大きな葉を持っていると言われる。シャクナゲやユズリハとの違いは、葉が上斜め方向に向いていること。この大木の横にある公衆トイレは「ダイサンボクのトイレ」と名付けられている。この背後は「冒険広場」で、子供用の遊具がいくつかあり、いつもたくさんの子供が遊んでいる。しかし緊急事態宣言以降、これら遊具はすべて使用禁止となった。
目黒区や都所管の公園は、あらゆる遊具がビニール柵やテープが貼られて使えなくなっている。一方、品川区の遊具は使用禁止になっていない(林試の森は都所管)。家から林試の森公園に出かける途中で品川区と目黒区の児童公園や都営住宅の公園の前を通るのだが、品川区の公園だけが滑り台やジャングルジムで遊べるので、最近は賑やかだ。
河津桜咲く広場(2月22日) [拡大]
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冒険広場の下に遊歩道が2本伸びている。そのすぐ北側は柵越しに住宅が建ち並んでおり、あかしあ門の入口北側のあかしあ門から入ると、新緑が気持ちいい(4月26日)が見える。落葉広葉樹が多く、新緑が気持ちいい。
クヌギ、ミズキ等に交じってホオノキホオノキ(4月29日)の高木が1本ある。林試の森のホオノキはここだけだと思う。葉の位置がはるか上なので、花を見ることはできない。ホオノキのとなりのエゴノキエゴノキは白花をたくさんつけた(5月13日)葉(5月20日)は、白い小さな花をたくさんつけていた。
メインの舗装道緑の濃くなった舗装道を行く(5月11日)を歩くと、ユリノキユリノキ。葉は分裂葉(4月29日)とシナユリノキシナユリノキの葉は分裂葉というよりTシャツ形(5月11日)が並んで背の高さを競っている。ユリノキは北アメリカ原産だが、葉も花も独特で面白い。両者で葉の形が微妙に違い、シナユリノキはTシャツ形、ユリノキはカエデ型に近い。チューリップツリーと言われるように、木なのにチューリップのような花が咲く。ユリノキ、シナユリノキとも日本産ではないが、観察していて楽しい木なのでつい目がいく。
公園の中央に川が流れており、アーチ状の橋で渡る。
アベマキアベマキ(4月29日)、
ヤマグワヤマグワは分裂葉と不分裂葉が混ざっている(4月21日)。成木になるとほとんどが不分裂葉となる(5月10日)の葉がすっかり深緑となった。子ども連れの家族や犬の散歩の人、ランナーがひっきりなしに行き交う。映像で見る最近の新宿や渋谷駅前の人出に比べたらずっと多い。橋の下はスギ科の外来種の林になっていて、
ラクウショウラクウショウ(5月9日)、
メタセコイアメタセコイアの針葉(4月26日)。樹皮(5月9日)等が見られる。「~ショウ」というと松の仲間に思えるが、スギ科である。
橋を下り、川沿いの短い道に入る。小さな池にはサギが羽を休めている。
この道沿いには
フウフウ(4月3日)がある。中国産で、カエデのような3裂葉だがカエデの仲間ではなくマンサク科だ。葉のつき方も互生である(カエデは普通対生葉)。
南側の遊歩道を少し歩く。
ミズキミズキ(4月11日)。4月下旬に開花した(4月29日)が葉の上に花を咲かせているこのあたりは早春にサンシュユの黄色の花が真っ先に冬の出口を告げていた。
「ジャブジャブ池」は、夏は水着姿の子供でいっぱいになるが、今年は早くも使用禁止が決まったようだ。
右手の小山にある1本の木には大きな赤い花が咲いており、写真を撮っている人がいる。
ベニバナトチノキベニバナトチノキ。幹 葉の鋸歯はトチノキより大型(5月9日)で、日本のトチノキの花を赤(薄紅色)くしたようなものだ。米国にはアカバナトチノキという真っ赤な花のトチノキもあるらしいが、ベニバナはセイヨウトチノキ(ヨーロッパ原産、マロニエ)とアカバナトチノキとの交雑種ということだ。本家の
トチノキトチノキ(4月29日)はその北側、出会いの広場にある。出会いの広場には
アオギリアオギリ。材の緑色が樹皮からうっすらと見えている(4月29日)葉(5月20日)という、材が緑色の木もある。
南側の遊歩道に戻る。このあたりで公園の中央あたりまで来たことになる。周囲は黒々としたイメージになり、照葉樹(常緑広葉樹)や針葉樹の比率が増える。ハナガガシはカシの中でもレアなもので、関東の山ではまず見ない。アカガシアカガシ(5月11日)。材は赤っぽい(5月13日)、ツクバネガシ、アラカシアラカシ。幹(5月13日)、ウラジロガシといった普段よく見るものもある。ようやく山でもおなじみの木が出てきた。
倒れかかっていて保護されている中高木がある。シャクナゲのような葉をつけており、木名板もついていないのだが、タラヨウタラヨウの葉裏は文字が書ける。樹形はシャクナゲを大型にした感じ(5月13日)だと思っている。この木の特徴は何と言っても、葉の裏に字が書けること。昔は手紙代わりになったとのことで、「はがきの木」とも言われている。自分も、落ちていた葉に鉛筆で字を書いてみたら見事に書けたので、タラヨウで間違いないと思った。同定に少し自信が持てた印象的な木である。
ブナ(4月29日) [拡大]
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その先、デイキャンプ場というキャンプ施設の前まで来ると、ブナブナの葉は大きいもので10㎝以上あった(5月9日)が現れる。
林試の森公園ではブナはこの一角だけ見られ、全部で10本くらいだろう。特筆されるのは、どれも葉が大きいことだ。ブナは太平洋型と日本海型で葉の大きさが異なり、東北や新潟で見るのは縦幅15㎝もある「オオハブナ」、関東甲信や伊豆で見られるのは4~5㎝程度の「コハブナ」だが、林試の森のブナはだいたい7~8cm、中には10㎝くらいのものもある。
葉の大きさの違いは気候条件によるもので、太平洋側が小さいのは春先の乾燥対策と言われている。林試の森のブナは、過去に日本海側のブナの幼木を植え、それが育ったのではないだろうか。
また、10本ほどのブナに巨木はなく、一番太いものも直径30㎝程度。樹齢も数十年~百年くらいの若いブナのようだ。このブナ植栽地は、公園の歴史の中でもかなり後になってできたように思える。
[後日記] 先日本を読んでいて、昭和初期に山形県北部の釜淵にある林業試験場でブナ製材に関する研究が行われており、それが戦後にこの林試の森(当時の目黒林業試験場)に移管された、との記述を見つけた(四手井綱英著「森林はモリやハヤシではない」ナカニシヤ出版)
野球やサッカーができる広いグランドに沿って、スズカケノキ並木スズカケノキ並木(5月13日)がある。スズカケノキ(プラタナス)も日本でよくみられる街路樹だ。知られているのは渋谷の青山通りで、青山学院付近はプラタナスが多い。林試の森にはスズカケノキスズカケノキ。葉の切れ込みは深い(5月9日)、アメリカスズカケノキアメリカスズカケノキ(5月9日)。葉の切れ込みは浅く、5裂というより3裂に近い(5月11日)、モミジバスズカケノキモミジバスズカケノキ(5月9日)の3種類が見られ、それらの違いを書いた説明板もある。葉の形が微妙に違うのだが、注意して見ても判別がつかないものが多い。
グランドの奥、一番西の端はウッドチップの歩道になっていて、クヌギクヌギ(4月29日)やコナラコナラ(4月29日)、そしてヒマラヤシーダヒマラヤシーダ。細い針葉(5月9日)という珍しい杉の仲間もある。
ぐるっと回り込んで、再び北側の舗装道に戻った。シャクナゲなどの低木に混ざって、枝に翼のついた不思議な木が花をつけている。ニシキギニシキギの枝には翼がある。花 全体(5月9日)だろう。その先にある中低木はさらに奇妙で、1本の枝に分裂葉と卵型の葉が混ざってついている。カクレミノカクレミノも分裂葉と不分裂葉が同じ枝につく。しかも黄葉していた(5月12日) 樹形(5月9日)という常緑広葉樹(照葉樹)である。多くの照葉樹は春先に葉が生え変わり、古い葉は落葉する。そのとき樹種によってはこのように、はっきりと紅黄葉するものもあるようだ。
山を歩いているとこういう照葉樹独特のライフサイクルに意外と気づきにくい。やはり山ではない平地の森を歩くことも意義のあるものだ。
東門に戻ってきた。林試の森は普通に歩けば、一周するのに30分くらいだろうか。樹木や花を見ながらだとその3倍くらいはかかる。春先はスミレも咲き、5月になるとシャガの花畑ができる。
新緑は4月、紅葉は12月に入ってからである。そして今の時期は野鳥も多く、朝早く来ると本当に山の中にいる気分に近くなる。しかしここ数ヶ月は、朝から家族連れやジョギングする人など、あまりにも人が多過ぎてがっかりする。でもこれは仕方がない。
花見もできるので、この近くにやってきたらぜひ時間を作って立ち寄ってもらいたい。
東京の緊急事態宣言は、少なくとも5月いっぱいは継続しそうである。一方、登山する者にとっての自粛解除は、感染が収まり県外への移動の自粛要請が解かれたとき(または一般に認められた時)であろう。それが5月末のタイミングで実現するかは不透明だ。しかしここまで来たらもう我慢するしかないので、いい知らせを待つことにする。