雲ノ平から水晶岳、双六岳 2000.8.5.~8. |
●深夜バスで有峰口、太郎兵衛平へ 4日(金)、新宿都庁前の深夜バス乗り場へ行く。22:30に新宿を出発した「さわやか信州号」室堂行き。 バスの中は最初、蒸す様に暑かったが、1シート(2席)に1人ずつの割り当てでゆったりでき、思いのほか良く眠ることが出来た。 翌朝5時45分、バスは有峰口で停車。自分も含め3分の2はここで降りた。 3分ほど歩き富山地鉄の駅前へ。ここから折立行きのバスに乗る。荷物の重さを量られる。12キロあり、荷物代を450円とられた。テントやシュラフは今回無し、自炊用具も無しなのになんでこんなに重いんだろう。 折立から太郎坂をゆっくり登り始める。展望のない樹林帯は最初の1時間少しだけで、次第に回りが開けてくる。1871m三角点を過ぎ、さらに展望が良くなり太郎兵衛平の草原や有峰湖も見えてくる。ニッコウキスゲもきれいに咲いている。チングルマは種子が多い。 太郎兵衛平へのゆるやかな直登道に取り付いた頃、空は曇りがちになってきた。ガスがにわかに濃くなりつつあるが、広大な眺めの中で、あまり焦りを感じない。 遠くに太郎平小屋が見えてきた。それと同じ頃雷鳴が、ほどなく雨もぱらつき始める。さすがに急ぎ足となり、そのまま太郎平小屋へ入る。まだお昼前だが宿泊の申し込みをした。 稲妻こそ見えないものの、雷鳴は地響きのように腹に響いてくる。次第にどしゃ降りの雨となり、北ノ俣岳まで足を伸ばす予定はつぶれた。あたり一帯はさえぎるものの何もない稜線。散歩する勇気は無い。 小屋は混んでいて、1組の布団に2人の割り当てだった。自分の受付番号は四番と早かったが、山小屋では受付の早さはあまり関係ない。 近くに寝ていた人で、立山あたりから1日(というか半日)で、薬師岳を越えて太郎平に来たという、超カモシカ健脚の人がいた。コースタイムでは13時間くらいのところを7時間で歩いたそうだ。さらに、明日中に槍ガ岳まで行くと言う。 いろいろ話を聞くと、昨年日本海から太平洋の縦断をした人だそうで、雑誌「山と渓谷」に名前が載っているとのことだ。ここまで来ると驚きを通り越して唖然としてしまう。 ゆっくりのんびり歩くのも山、韋駄天山行でスピードと限界への挑戦を楽しむのも山、いろいろな楽しみ方があっていいと思う。それにしてもすごいの一言。こんな人でも、先ほど薬師岳の山頂で雷鳴を聞いた時は震えたそうだ。 3時を過ぎると、天候が回復してきた。それ!とばかりにカメラを持って太郎山のほうへ歩いていく。 薬師岳が日の光に輝いて神々しい。黒部五郎岳、遠く水晶岳も赤みをおびていてきれいだ。 三俣蓮華岳、祖父岳、そして雲ノ平など、明日・明後日の地がいよいよ見えてきた。ガスがみるみる消えて、空が大きくなっていく。 薬師岳から北ノ俣岳にかけて、2本の虹がかかった。 ●雲ノ平を回遊 朝4時半に起きる。天候が何時までもつかわからないため、5時過ぎに出発する。 黒部五郎岳への道を分け、下り気味に進む。草原と針葉樹のコントラストがきれいな道だ。 今のところ快晴だ。立山の方向から太陽が上るにつれ、空はどんどん青みを増していく。常に水晶岳を正面に見ながらの道。この方向からの黒部五郎岳は、カールの丸みがわからず台形に見える。後方には北ノ俣岳へ続く斜面の残雪が青空に映える。 沢の音が次第に大きくなってくる。薬師沢までいくつかの橋を渡る。タカネシオガマやハクサンイチゲが朝露に輝き、ニッコウキスゲも青空に向かって元気よく伸びている。 キヌガサソウを初めて見る。 眺めのいい草原が途切れ、やせ尾根状の樹林帯に入り、段差のある下り道に慎重になるが、すぐに薬師沢小屋と吊り橋の前に着いた。 水に乏しい雲ノ平に備え、水を余計に補充する。吊り橋を渡りすぐに長いハシゴを下る。 ここから雲ノ平への長くつらい登りが始まった。展望がほとんどない、大きな石でゴツゴツの急坂だ。時には手を使いながら黙々と登る。途中で休みを取っているグループをいくつも見かける。自分も何度か休憩する。 はるか上の方に、坂の上部が見えるのだがいくら登っても着かない。 1時間半ほどそういう状態が続いたあと、ようやく傾斜が緩んできたと思ったら、すぐ木道となる。一度展望が大きく開け、木のベンチを過ぎ、再び樹林帯へ。 程なく行くと、ハイマツで敷き詰められた広大な高原地となり、空が一気に大きくなった。急坂を詰めてきた身には極楽だ。ゆるやかに高度を上げるにつれ、左手に薬師岳の大きな山容、右には黒部五郎、そして笠ガ岳の端正な姿、三俣蓮華岳。正面にはもう1段上がった高原地(あれが雲ノ平の中心だろう)の先に祖母(ばば)岳、祖父(じい)岳、そして再び水晶岳。 さらにしばらく進むとシラビソに囲まれた小広いスペースがあり、ベンチで何人かが休んでいた。 標識はないが、ここがアラスカ庭園だろう。黒部五郎、笠ガ岳の向こうに槍ヶ岳、それに続く西鎌尾根の姿を初めて捉えられた。 ここから先は、常に四囲を北アルプスの名峰に囲まれ、お花畑やハイマツ、池塘などが織り成す景観を楽しみながらの高原漫歩だ。 水晶岳に続く稜線に赤牛岳、さらに遠くに針ノ木岳。2つの顕著なピークは鹿島槍だろうか。 チングルマやワタスゲ、コイワカガミ、ツガザクラ、ハクサンイチゲ。祖母岳(アルプス庭園)に立ち寄り、少し下りたところからは、高原にポツンと建っている雲ノ平山荘を確認できた。周りの雰囲気にマッチした、どこかヨーロッパ的な造りの建物だ。 山荘には11時に着いた。宿泊手続きをし(受付は5番目)、軽身になって周囲散策に出掛ける。 まずは高天ヶ原方向に小台地を2つ越え、奥スイス庭園まで足を伸ばす。 遅くまで残る雪渓と薬師岳の姿が印象的な場所だ。よく晴れわたっていれば、池塘の水面に写る青空がきれいだろうが、あいにく空は雲が支配していた。キバナシャクナゲがひっそりと咲いていた。 戻る途中、また雨が降ってきた。小屋に着いたときには、すでに大勢の宿泊者がいた。今日も2人で布団1組となったが、布団1組あたりのスペースは前日の太郎平小屋より狭い感じだ。 小屋の人によると、2日目にここに泊まる人が多いため、客の入りはパターンが周囲の小屋より1日遅れだそうだ。 夕方近くになって雨が止んだ。ガスが濃いが散策に出掛けた。 祖父岳方面に進み、スイス庭園に行く。コバイケイソウの群落が見事だ。 テン場への道を分け、池塘の点在する道を進むと、ベンチのある場所に行き着いた。 ガスが急速に切れ始めてきた。それにつれ、目の前に水晶岳がみるみる姿を現してきた。 ここは水晶岳と高天ヶ原の展望台だ。ガスの向こうに湧き上がる高天ヶ原の谷は幻想的で、水墨画のようだ。はるか先に黒部ダムも見える。 夕日に赤々と染まっていく水晶岳を目の前にし、ついにここまで来たんだという実感が湧く。 ●祖父岳・水晶岳・鷲羽岳を縦走、三俣山荘へ 今日月曜日は、予報ではさらに大気の状態が不安定になるとのこと。昨日よりさらに早い4時過ぎ、まだ星の見える時分に出発した。 今回、まだ明確なピークに立っていない。3日目にして最初の頂、祖父岳に登る。 雪渓をまたぎハイマツ帯を越える。朝からきつい登りだが、その甲斐あって山頂では360度のパノラマが得られた。 特徴的カール地形の黒部五郎岳。三俣蓮華、双六岳、槍、穂高、笠ガ岳、水晶岳、ここからもなお大きい薬師岳。足元には黒部源流の深い谷。残雪。 そして、今までこの祖父岳に隠れて見えなかった鷲羽(わしば)岳が全容を現した。本当に鷲が羽を広げているようだ。 食事を済ませ縦走に入る。祖父岳からの下りはお花畑と残雪のコントラストが美しい。 イワギキョウやウサギギク、タカネツメクサも目立ってきて、思わず歩みが遅くなる。 岩苔乗越を過ぎワリモ岳分岐への登りは、この先の行程を考え、バテないようにじっくりと行く。このへんはコースが多く、鷲羽越えをするか、黒部源流に行くか、選択に迷うところだ。 ワリモ岳分岐にザックを置き、水晶岳方面に進むと、赤土の多く混じる岩屑の道が多くなり。今までの牧歌的な雰囲気とは多少変わってくる。まだ好天でとても気持ちいい稜線だ。 植生も幾分変化があり、キンコウカやヨツバシオガマが見られるようになる。 気持ちよく進んでいると、前の方から人に呼び止められた。「そこは登山道ではないです。引き返して下さい」明確な道を歩いていて、道をはずした覚えは全くなかったので意外だった。 言われるまま5分ほど引き返すと、踏み跡のはっきりしない岩屑の斜面に、かすかな分岐らしきものがあった。ここで間違えたらしい。声をかけてきたのは水晶小屋の人で、私が間違えた場所を自分でも歩いて確認していた。 聞くと、昨晩の水晶小屋は、定員20名そこそこに対し60名が泊まったそうだ。3、4人で1畳だ。 水晶小屋に着き、フィルムを交換しようとして大ショック。ザックから1本取り出して来た交換用のフィルムは撮影済みのものだった。 まさかフィルムを取りにワリモ岳分岐まで戻るわけにはいかないし、水晶小屋にリバーサルフィルムは売ってないだろうし...。結局、写真撮影無しでの水晶岳往復となった。ザックを置いた場所が少し遠すぎた。 水晶岳直下の岩尾根は少し険しい。百名山のビデオを見て登りたいと思った水晶岳、やっと頂に立てた。山頂からは本当に360度、山しか見えない。まさにここが北アルプスのど真ん中だ。 赤牛岳、読売新道へ続く稜線や隣りに伸びる裏銀座縦走路、どちらも魅力的で歩きたい衝動を覚える。日本の尾根の奥の奥まで来た印象を強く持つ。昨日、スイス庭園から見上げたあのピークに今いると思うと感動的だった。 山頂には若い女性が一人で来ていた。聞くと、三俣山荘の従業員の人だった。今日は休みで、水晶岳から雲ノ平まで行くとのこと。どうりで足の早い人だと思う。 三俣山荘、水晶小屋、雲ノ平山荘は同じ経営者による小屋で、従業員同士でも交流があるように思えた。 鷲羽岳の方を指差し、「あそこに着くころまで、天気は持ちますかね?」と聞いてみた。あっこれは答えにくい質問をしてしまったな、と思った。 しばらくして20人くらいの団体が登ってきたので、入れ替わりに山頂を後にする。 ワリモ岳分岐まで戻る。先ほど道を間違えた分岐のところには、真新しい赤ペンキで「×」と描かれた石が置いてあった。 ザックを背負い鷲羽岳を目指す。ワリモ岳は山頂直下を巻き、いったん下り登り返しとなる。かなりきついが昨日の薬師沢~雲ノ平間の急登を思えば何くそこれくらい、だ。それよりも、いつのまにか空を覆いつくしていた雨雲を見上げて、焦りを感じる。 鷲羽岳山頂に着くと空身の人が多い。三俣山荘を拠点に、黒部源流と組み合わせて登って来る人が多いのだろう。 しかし山頂や他の山もガスに包まれはじめていた。時間をおかず雨が降ってきた。雨脚は早まる一方で、雨具を来て早々に下りる。鷲羽池もガスでぼんやりだった。 どしゃ降りの中、三俣山荘へ飛び込む。展望レストランで食事、ビール、そしてケーキセットを注文してしまった。何か甘いものが食べたかった。 ここは山小屋というよりもロッジと呼びたいくらい、小ぎれいで設備も整っている。ジェットヒーターで雨具はすぐ乾く。 この日はさすがに小屋にも余裕が出来、1人に1畳が割り当てられた。 夕方、雨も小降りになり黒部源流のほうまで下ってみた。今回初めてシナノキンバイを見る。 ハクサンイチゲ、ミヤマキンポウゲ、クルマユリ、ハクサンフウロなどにぎやかだ。祖父岳と鷲羽岳間の狭い谷間に手付かずの自然が保たれている。 雨は夜8時頃止み、天の川がきれいな満点の星空となった。 ●朝焼けの三俣蓮華岳、槍・穂高、稜線を進む いよいよ最終日。長野の天気予報は曇り一時雨。これまで毎日のように朝快晴、昼前あたりから雨だが、今日はどうなるだろうか。 小屋を出、三俣蓮華岳分岐まで登ると、裏銀座縦走路の方向に太陽が昇り始めた。 雲を赤々と染める朝焼けに槍・穂高、常念岳のシルエットが映える。 残雪を従えた三俣蓮華岳のカールを、朝日がオレンジ色に照らし始める。朝の情景は今日が一番いい。ここ数日と比べ、雲の形も違う。初秋を思わせるうろこ状の雲が高く出始めている。 双六岳へは左右の展望が楽しめる稜線コース、花の多い山腹コース、稜線コースから双六山頂を巻く中道を通るコースがある。どれも魅力的だが、1度に歩けるのは1つしかない。お花畑は随分見たし、もう一度黒部五郎岳を見たかったので稜線コースを歩く。 シナノキンバイ、ハクサンイチゲが咲き乱れる三俣蓮華岳山頂直下の斜面を登り、再び四囲の展望が開ける。黒部五郎岳のカールはここからが一番きれいだ。 再び大きな薬師岳。鷲羽岳の向こうには水晶岳の双耳峰が覗いている。けれどここからの景観として、槍ガ岳・穂高の雄大さはやはり主役として外せないだろう。 ●双六岳のお花畑を越え新穂高温泉へ下山 丸山を越え双六岳へのたおやかな稜線が続く。笠ガ岳、遠く御嶽。 双六岳でも360度の展望が得られた。穏やかなスロープを下っていくと斜面を雷鳥が3羽歩いていた。双六小屋と目と鼻のところだ。 これ以降弓折岳分岐まで、さらに緑鮮やかで残雪とお花畑の見ごたえある稜線が続いている。 ハクサンイチゲ、チングルマ、シナノキンバイ、タカネシオガマ、クルマユリに加えてハクサンフウロが彩りを添える。ヤマハハコも見かける。 晩夏の花、トリカブトも青空に向かって元気だ。 冬に雪が多かったせいか、今年のお花畑は見事だと何度か来ている登山者が口にしていた。 この素晴らしい景観に別れを告げるのには残念だが、天気もわからないし早めに下りることにしよう。 弓折岳の山頂を仰ぎ見ながら、鏡平への斜面を下りていく。 鏡平を過ぎると、ようやく標高を下げた感じがする。このへんにもニッコウキスゲやキヌガサソウが少し咲いている。森林限界を越え、久しぶりに樹林を歩く印象だ。 秩父沢の下部が見えるようになるとまたしても雲行きが怪しくなって来る。もう少しだから降るのは待って欲しいと思う。 小池新道登山口を通り、やっと林道へ下りる。雨がポツポツと降り出す。ザックカバーをし、小さな傘を差してワサビ平小屋まで歩く。本降りになってきたので、小屋で少し様子をみた。 ざるそばを食べているうちにどしゃ降りとなった。新穂高温泉まで林道を小1時間だ。意を決して大雨の中に飛び込んでいく。 途中で小降り程度になり、薄日の戻る中を新穂高温泉へ下りる。バス停前には、無料のアルペン浴場(温泉)がある。公衆浴場として地元の人が登山者向けにも開放してくれているもので、ありがたく使わせてもらった。向かいの売店で石鹸、タオル、髭剃りなど買えるので都合がいい。 温泉を出るころは再び、青空と強い日差しが戻っていた。 平湯で松本行きバスに乗り継ぎ、あずさ70号(松本発)で帰途についた。 多少天気に振り回されたが、展望とお花畑を存分に楽しめた3泊4日だった。 |